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『千年相姦』五章 最後のサフラン(1/11)

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衰退する〈千年森〉を眼前にして、レフィナが選んだのはクルルーではなく〈千年森〉だった。
「胸に渦巻くこの感情の名がわからなかった。」
四章ラストのこの言葉を抱えたまま、物語は新章を迎えることになります。
時間軸は一年前、ちょうどクルルーがコロンの村を飛び出した直後にさかのぼります。
クルルーはどうやらとある人物と会話を交わしているようなのですが、どうも相手は例え話がわからなかったりと、風変わりな人物のようです。
二人は会話をしながら、何をイタしているのでしょうかね。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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クルルー(17歳)????


五章 最後のサフラン(1/11)


 わからないんです。
 何をどうすればいいか。
 気持ちは矛盾だらけでどちらが正しくてどちらが間違いなのか。
 どちらの気持ちが始まりでどちらの気持ちが終着点だったのか。
 いつもそうやって相互間で悩んでるんです。
 そのどっちもが僕の本当の気持ちでそのどっちもが噓のような気もする。
 胸から剥がれないというのが、唯一の共通点なんです。
 それなら両方を混ぜ合わせてしまえばいいじゃない。
 ……貴女はいつもそうだなぁ、僕の予想を越えたところを突いてくる。
 だって貴方が難しく考えすぎなんだもの。わたくし、そんなややこしい問題を何年も抱え込んでいることなんてできなくってよ。
 そう、だから貴女はいつでもそうやって奇妙な明るさに満ちているのかもね。天井に穴の空いた家みたいに。
 まあ、けれどこの家に穴なんて空いていないわ。だから明るい光が射すこともないわ。
 ……わかんないんならいいよ。それに貴女の部屋が暗いのは貴女が雄をのべつまくなしに連れ込むからでしょう。やっぱり気にはしてるの?
 気にする? 気にしたのはわたくしでなくて殿方たちのほうだったの。この家のすべては殿方たちが整えてくだすったようなものなの。窓は塞いだほうがいいだとか、燭台の灯りはもう少し暗いほうがいいだとか、寝台はもう少し広げたほうがいいだとか。そのたびにこの家には継ぎはぎが増えていったの。最後には朝食まで継ぎ足されたわ。
 朝食、ね。
 そう、朝食。だって皆様、ほんの少し遊ばれただけでくたくたになってしまわれるようなの。疲れてそのまま朝までお過ごしになる殿方が殊の外多くって。殿方の身体って温かいでしょう? ですからわたくし、掛布が一枚増えたようでうれしくって、それでついついわたくしも朝まで一緒に眠ってしまいますの。
 うん、そんな詳らかにいわなくてもわかってるよ。
 まあ! 貴方は本当に頭がいいのね。素敵な素敵な黒トラさん。
 ……懐かしいな、そのいい方。
 まあ、ほかの雌の方にもいわれまして?
 うん、貴女の仔キトゥンっていってもいいくらい、幼い雌キトゥンだったけれど。(※管理人注/コロンのことですね!)
 あらわたくし、仔キトゥンが産めない体質ですの。
 ──。
 ですからその方はわたくしの娘ではなくってよ。
 ……そう、だね。
 まあ、突然どうされたのかしら? 優しく頭を撫でてくださる。
 かわいいな、って、思ったからだよ。
 わたくしが?
 そう、貴女が。
 かわいい、っていわれるのは初めてです。
 ──そう? そんなに完璧な美貌を誇っておきながら?
 美貌、美形、美しい、なら、いわれたことがありますけれど……。
 いや、それは。
 かわいい、も、美しい、と思っていいのかしら?
 ……愛おしい、ってことだよ。
 愛おしい。
 そう、愛おしい。
 愛おしい……。
 うん、愛おしい。
 ……。
 どうしたの。
 いえ、とっても、とっても、素敵な言葉だと。
 ……泣いている。
 ええ、泣いております、わたくし。
 ……。
 どうして。
 わかりません。けれど、愛おしい、という言葉を、わたくし、知っているような気が致します。
 ……そう、豊かな恋を、したことが、あったんですね……。
 豊かな恋、だなんて、貴方は本当にきれいな言葉をたくさんご存じなのですね。けれどそれとは違うような気が致します。なぜでしょう、ほかのことはいろいろのことがわたくし、わからなくって、難しいのに、この言葉だけははっきりとわかりますの。
 そう、よかったね。その感情を知っているなんて、素敵だ。
 うふふ、ありがとう、黒トラさん。貴方のおかげよ。
 ねえ、その、黒トラさん、っていうの、やめない?
 え? お嫌でしたの?
 そんなに不安そうな顔をしないで。違うよ、名前を呼んで欲しいんだ。その、そろそろ、もう、……。
 まあ、わたくしとしたことが気付きませんでしたわ。ごめんなさい。それで貴方のお名前は。……まあ、素敵なお名前。
 ねえ、それで、今教えた僕の名前を、最後の瞬間に呼んで欲しいんだ。……そういうの、受け付けてる?
 うふふ、何をそんなに真っ赤になっていらっしゃるのかしら? ちっとも構わなくってよ。
 ……そっち。
 え?
 そっちの、……貴女の、名前。……ああ、いい名だ。……呼んでいい、その、……。
 最後の瞬間に?
 うん、……そう。
 何を恥ずかしがっていらっしゃるの。ああ、ちょっと、待って、まだ、無理をされては……。
 けど、なすがまま、っていうのは、性に合わなくて。……僕も、もう。
 ……いらっしゃい。

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 クルルー……。


次の更新は12/15(金)を予定しております。

2017-12-01 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 22 :
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プリンさんにレフィナのイラスト頂きました!

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「プリンの秘密基地」の荒ぶるプリンさんにレフィナのイラストいただきました!
プリンさんは、りんちゃんを中心にりんちゃんを取り巻く娘さんたちの日常を、一枚絵で、ときに漫画で発表していらっしゃる絵師様です。
プリンさんといえば、その超絶レスポンスの早さでも有名な方ですね♪
そんなプリンさんにいただいたイラストがこちら!
じゃかじゃん!
めっちゃかわいいです!
かわいいでしょ!?
幼い感じになってしまいました、とのことでしたがこの幼さが、いい……!
わたしは、このくらいの頭身を描くのがとても苦手なのでとても嬉しかったです。
また、

もし砕けた笑顔を見せるとしたらどんなかな~っと
予想ではにかむ感じかなって想像しました(プリン画伯談)

とのことで、ただいま本編が絶賛鬱展開中ということもあって、こういう幸せそうな笑顔を拝見できてとってもとっても嬉しかったです!
レフィナ、こんな笑顔を見せてくれたら事態は一発で収拾するのに……

わたしも及ばずながらお礼絵をば描かせていただきました。
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いずみちゃんです。
りんちゃんを描かせていただこうかと思ったのですが、プリンさんの大事なりんちゃんを描かせていただくのは恐れ多くて……
中性的な容姿と以前うかがっていたので、目をキリっとさせてみたのですが、プリンさんの場合それでもどこかに清純さがあるのに対し、わたしのはなんかただの意地悪な感じになってしまいました><
いずみちゃんはですね、いろんな発明品を作り上げちゃう天才肌の女の子なんですが、天才肌ゆえに常人には及ばない感性も持ち合わせておりまして(笑)この間も雪を大量に振らせすぎちゃいました。
そんな彼女のイメージで、マッドサイエンティスト風に。背景の英語には「caution」とか「Keep Out」と書かれております。
また、多分だけど、一見自由奔放に見えて、実は娘さんの中で一番物事の本質を捉えていらっしゃるんじゃないかと思います。それを表に出さないだけなんですね……実は半妖のりんちゃんの良きサポート役でもあるのです。

プリンさん、お忙しい中、かわいらしいレフィナをお描きくださりありがとうございました!
これからも素敵なイラストを、ご無理のない範囲で紡がれていってくださいね^^


2017-11-20 : 頂きもの : コメント : 16 :
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『千年相姦』四章 レフィナの感想(6/6)

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『クルルー様の冒険譚』にあからさまな嫉妬をぶつけた結果、〈千年森〉と交信できなくなったレフィナ。
レフィナはこの事態にどう決着をつけるのか。
そしてレフィナの出した「解答」に対し、クルルーにもまた異変が……。
「四章 レフィナの感想」ラスト、それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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クルルー(18歳)レフィナ(年齢不詳)


四章 レフィナの感想(6/6)


 養親はそれからというもの、無気力に過ごすことが多くなった。
 光の宿らない目で幽鬼のように朝や昼、夜の森を徘徊した。そのたびに僕はついていった。けれど養親の目に僕は映っていないようだった。
 それは同時に、養親が『クルルー様の冒険譚』について言及しなくなっていたことも意味していた。
 僕たちの間には言語、交流といった、互いを繋ぐあらゆる伝達手段が失われていた。
 僕たちは断絶したまま沈黙の森を一人と一匹で徘徊する。
 けれどレフィナの森色の襤褸が地面をかすめても、かさかさ、と乾いた音がするばかりで、新たな命が生まれることは皆無だった。

※※※

 けれど意外というか予想に反して、そうした状態は長くは続かなかった。
 レフィナがある日突然、僕に謝罪してきたのである。
「クルルー、私はどうかしていた。すまなかったな」
 穏やかな表情で、僕の目を真っ直ぐに見つめながらそういう。襤褸の奥から垣間見えたその目には、理知的な光が宿っていた。
 そう、養親は賢く、冷静で、謙虚な人だった。
 奢ることなく、状況を的確に判断し、またそれに対して最も適切な処置を瞬時に選択することができる人だった。
 それは養親がニンゲンだったからなのだろうか。
 森は再び歌いだした。
 以前よりもさらに豊かに力強く。
 歓喜の喜びを森全体で表して。
 おかえり、おかえり、おかえり……。
 レフィナの周りを樹木たちが取り囲み小枝を伸ばす。やがてレフィナは緑に包まれ僕の視界から完全に遮断されてしまった。
 緑の樹木の隙間から、時折レフィナの身体の一部分が見え隠れした。
 腕や、時には剥き出しの足先が覗くこともあった。
 レフィナの膝から下のそれは、緑に漂白されたかのような異常な白さだった。
 僕はその眩しさに思わず目を逸らす。
 直視できなかった。
 違う、ただ単に生理的に眩しかったというだけのことだ。直射する光に対して反射的に瞼を閉じてしまうのと同様に。
 それだけだ。
 それなのになぜ身体がこんなに火照るのだろう。
 身体が熱い。
 僕は緑に囲まれた養親の前で、いつしか熱い吐息を吐きながら近場の樹木に身を預けていた。吐き気がするほどの熱量がこみ上げてきて、けれど身体は応える術をもたない。
 間段ない短い吐息の隙間に、苦しさを紛らわすように養親を見遣るも、養親は僕を見ていなかった。ただただ、久方ぶりに再会した生命の躍動に歓喜していた。 
 緑の隙間から襤褸の剥がれた養親の両の瞳が見えた。
 見たこともないような慈愛に満ちた眼差しは、けれどすべて〈千年森〉に向けられていた。

 わたしのかわいい樹木たち。
 わたしのかわいい〈千年森〉。

 ああ、レフィナ。
 その唄。
 その唄は……。
 こんな、こんなことなら。
 ……こんなことなら。
 数日前の、レフィナの言葉がよみがえる。
『チコは美しい雌だったようだな』
『コロンの肉体はどうだった』
『サリーは誰と恋をした』
『コロンのママの料理は』
「……レフィ……」
 そのすべてが遠い昔のことのようにひどく懐かしく感じられた。
 その俗悪的な言葉も芝居がかったせりふもそのすべては僕に対して向けられていたものだった。
「レフィー、レフィー……」
 胸に渦巻くこの感情の名がわからなかった。


次の更新は12/1(金)を予定しております。
2017-11-15 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 24 :
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『千年相姦』四章 レフィナの感想(5/6)

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『クルルー様の冒険譚』にあからさまな嫉妬をぶつけるレフィナ。
売り言葉に買い言葉とばかりに「僕たちは親仔だろう」ととどめの言葉を放つクルルー。
二人の不毛な応酬は今回も続く。
そして〈千年森〉にはある異変が……。
以前ちらっとお話ししましたが、コロンの村を飛び出してから〈千年森〉に帰るまでのクルルーの、「空白の一年間」について今回レフィナが言及しています。さすが親、鋭いというか目敏いです。
鋭い方は、レフィナの「力」が「何」によってもたらされているものなのか、お気づきになられた方もいらっしゃるかもしれませんね。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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クルルー(18歳)レフィナ(年齢不詳)


四章 レフィナの感想(5/6)


 その日を境に、僕たち親仔の仲は急激に険悪なものになっていった。
 表だって何か大きな諍いがあったわけではない。
 だが何かにつけてレフィナがつっかかってくるようになった。
 もちろん『クルルー様の冒険譚』の内容に触れる形でだ。それは主にチコを中心とした雌たちのことに言及する形で発露された。
 チコはどれだけ美しかったのか、とか、コロンの身体は細身だったのかふくよかだったのか、とか、雌たちの容姿に関しては事細かに尋ねたがった。また、サリーは『恋』を理想の雄と果たすことができたのか、といったような、物語のその後に言及する形で尋ねられることもあった。
 けれどそれらに共通していえたのは、とにかくレフィナが、主人公『クルルー』、および『ニゲル』にとって、雌たちの立ち位置がどのようなものだったのか、ということを子細に知りたがったということだった。物語の詳細を尋ねるというのとは違う。この『聴き手』は、クルルーやニゲルといった雄の心情にだけ興味があったようなのである。
 そう指摘すると、
「それはそうだ。親なら仔のすべてを知りたいと思うのは自然な感情だろう」
ともっともらしいことをいってのけるのだった。おどけてみせることはもちろん忘れずに。
「おまえの脚も治るのにどのくらいかかったのやら」
 空白の一年間のことを指しているのだ。変な所で細かな所まで律儀に聴いて、なおかつ時系列を記憶している。あざとい。
「だから、あれは夢だったって」(管理人注/見知らぬ森で迷って雷雨に打たれて足を骨折して謎の黒髪の人物に邂逅したあの夢のことですね)
「チコに治してもらったのではないか」
 すかさず嫌味な合いの手が入る。「おまえの『初めての病気』もどうせチコに治してもらったのだろうしな」と、養親の「感想」という名の攻撃は尽きることがなかった。(管理人注/『初めての病気』=初めての発情期、つまり初体験のことですね)
 いい加減、しつこい、と思った。
 僕はその執拗さに疎ましさを覚えた。
「あの物語はあれで完結している」
 と、苛立ち紛れにいい放ってみたこともある。
 けれどレフィナは、
「物語が私の中で勝手に暴走するのだ! おまえの話しぶりがあまりに真に迫っていたものだから! おお、物語は斯くも人の心を豊かにするものなのか!」
 といってまったく取り合わないのだった。
 レフィナは急変した、といってよかった。
 この人の性格を知り尽くしている僕から見ても、レフィナの変わりようは不自然で歪なものを感じさせた。
 そうしてその不自然な歪は、「レフィナが体現していた非現実」を衰退させていくことになる。
 森がレフィナに応えなくなっていったのである。

※※※

「くそっ、くそっ……くそっ、なぜだっ!」
 レフィナが森の地面を乱暴に蹴る。〈千年森〉の地肌といってもいいその苔蒸した大地を。その瑞々しい生命の恵みに富んだ豊かな大地を。
「レフィー」
「くそっ」
 貧しい文句を吐き散らすことしかできない生き物が寄る辺なく佇んでいる。森色の襤褸をまとっても溶け合うことなく異質に。
「レフィー!」
「くそっ、なぜだ、応えろっ、〈千年森〉!」
 レフィナが、近場にあった樹木の枝をへし折りそうな気配があった。僕はそれを制してレフィナを背後から羽交い締めにした。
 森を慮ってのことではない。
「レフィー、怪我をしてしまうよ」
 養親の手が痛んでしまうからだった。現に今もうっすらと皮膚が切れていたのだ。レフィナはそれ以前にも、神経質そうに小枝を折ったり折り曲げたりしていたのだ。けれどそれらの大半は手折られることなく、逆にレフィナの柔肌に傷を残すばかりだったのである。
 レフィナの手は小さい。
 それは幼いころには気付いていなかった養親の特徴だった。
 手だけじゃない。
 養親は華奢で、細身で、小柄だった。
 ……僕に簡単に羽交い締めにされてしまうほどに。
 昔はそんなこと、少しも思ったことなんてなかったのに。
 あなたはいつだって毅然としていて高みを見据えていて、そびえる大木みたいに見上げることしかできない人だったのに。
 肩を並べて立つべき存在ではなく、見上げる対象だったのに。
 その人が、今、僕に身体を拘束されてその中でもがいている。駄々をこねるように、頭を左右に振りかぶっている。
 レフィナの身体が襤褸ごしに吸い付く。
 僕より遙かに柔らかい感触に目眩を覚える。
 ああ、だめだ。
 身体が。
 身体が、火照って。
「っ……!」
 レフィナが地面に転げた。僕が突然、拘束していた腕を解放してしまったからだ。
 けれどレフィナは僕を咎めることもなく、地面にぺたりと座り込んだまま動かなくなってしまった。
 しばらくして地面に顔を埋める。
「レ……」
 養親の肩が震えていた。
 けれど養親の周りには刷新されない旧い命が取り巻くばかりで、その循環がなくなった命の中心で、養親は身体を震わせながら、なすすべもなく、うずくまるばかりなのだった。
 遠くで轟、と音がした。
 大木が倒れたときの音に似ていた。
 養親がその音に反応するように肩をピクリと震わせた。
 僕はかける言葉もなく、ただただ、襤褸に覆われた養親の小さな頭を見つめていることしかできなかった。


次の更新は11/15(水)を予定しております。
2017-11-01 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 26 :
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『千年相姦』四章 レフィナの感想(4/6)

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今回、レフィナがとうとう『クルルー様の冒険譚』の感想をいいます。
とその前にこれまでのあらすじと今回の見所を少し。

チコに似た黒髪の人物と邂逅する不思議な夢から目覚めたクルルー。時系列はここで「現在」に戻り、クルルーとレフィナは朝の散歩に出かけます。レフィナが歩くたびに〈千年森〉は命が塗り替えられていく。やはりレフィナの神秘は「本物」だった。養親のあまりに神秘的な姿に目を細めるクルルー。ここまでが前回。

今回二人は、ヌイの実がたくさん実ったスポットまでたどり着きます。朝食を摂るためです。
お忘れの方も多くいらっしゃると思いますが、ヌイの実はブルーベリーに似た果実でクルルーの大好物。クルルーは、これの更に腐りかけが好きということで、レフィナがまたまた魔法のような力でヌイの実の腐敗を一気にすすめます。
和やかな朝の風景。
しかし……。

これまで森の賢者然としていたレフィナの「らしくない」姿をご覧ください。それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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クルルー(18歳)レフィナ(年齢不詳)


四章 レフィナの感想(4/6)


 そこに辿り着いたとき、僕は、神秘に言葉を失ったのとはまったく別の意味で息を呑んだ。
 正確にいうと唾を飲み込んだのだった。
 いまだ体内に取り入れてない甘味に、けれど身体が期待にうごめきごくりと喉が鳴る。
「さあ、好きなだけ喰え」
 レフィナがさっと腕を広げた。途端、連なる低木群が塗り替えられたように次々と腐敗を進めていった。やはり不可思議な光景に、けれど好物を目の前にした僕には、レフィナのその姿はまるでヌイの実の精霊よろしく、跪くべき対象のように映って見えたのだった。
「い、いただき、ます」
 いうや否や、無心になって僕はヌイの実を食し始めた。ぷちぷちと、一粒一粒もぎ取ってはその極上の赤い実を口に放り入れていく。その横で、レフィナもまたヌイの実を摘んでいるのが目の端に映った。
 これが僕たちの、朝食の風景なのだった。こうしていつも二匹でこの場所までやってきて、朝の始まりを確認する。
「落ち着いてきたか」
「うん」
 僕は手短に答える。食べることに夢中になっていたからだ。どこもかしこも腐りかけの実ばかりだ。それを可能にしているのは、真横に佇むこの「非現実的な存在」のおかげなんだろうけれど。
「チコにずいぶんご執心だったようだな」
「ああ、うん、彼女のことは本気で好……」
 え……、僕はヌイの実を指先に摘みながら顔を上げた。
 完全にふいをつかれた質問だった。
 レフィナが肩をすくめる。
「ニゲルだ」
「あ、ああ」
「ニゲルという登場キトゥンのことだ。彼はチコの家に滞在していたようじゃないか」
 なんって嫌な奴……!
 僕は直裁な意味において「憎悪」の念を目の前の養親に覚えた。やり方が汚い。
 えげつない。
 そこまで思わしめたのは、それは僕自身が抱えもっていた「疚しさ」からくるものだったのだろうか。無意識に。
「チコはずいぶん美しい雌だったようだな」
「……そう、だね」
 ヌイの実を食す手は、止まっていた。
 下手に口を開かないほうがいい。
 僕はまんじりともしない思いで目前のヌイの実を注視する。
 赤い。
 今はその熟成ぶりが忌々しく映って見える。
 禍々しい。
 ぱっくりと、亀裂を走らせて。
「『クルルー様の冒険譚』の中で、『ニゲル』は、チコのことになるとずいぶん、表現の仕方が感傷的叙情的になる、と思ってな」
「……何がいいたいの」
「『何』」
 レフィナが大仰に肩をすくめてみせる。おどけてみせているつもりなのだろう。僕はその仕草に深い憤りとも怒りともいえぬ感情を覚える。
「決まっている。『クルルー様の冒険譚』の感想だ。聴き手側としての。話し手は常に観客の動静には気を配っていなければ」
「配っているよ。今のレフィーに。何、そのいい方。面白くなかったわけ」
 おお、とんでもない、とレフィナが道化のような仕草でまたもや肩をすくめてみせる。
 襤褸で表情が隠れているのがせめてもの救いだった。表情が見えていたなら、きっと僕は平静でいられなかったかもしれない。もっとも、今も既に穏やかな気分とは程遠いものだったけれど。
「本当につまらない物語は毒にも薬にもならないものだ。そういう意味では断じて違うと、私はおまえの創った物語をしてそう称している」
「で、毒のほうだったわけ。レフィーにとっては」
「おお怖い。毒だとは一言もいってない」
「薬にもなっていないって?」
「教訓になったとは思っている。つまり、薬に近い読後感ではあったのではないか」
 おお、自分でも気付かなかった、などといって、驚く仕草をしてみせる。
 腹立たしい……!
「教訓になったんならいいじゃないか。僕も話した甲斐があったよ」
 僕はぶちぶちとヌイの実を引きちぎる。実が地面に落ちていく。あらゆるどす黒い感情が結集したかのように、降り積もった赤い実は、赤から深紅に、深紅から漆黒へと瞬く間に変異していった。「ずいぶん気が立っているな。『クルルー様』は何がお気に召さなかったのか」
 芝居がかったいい方だ。しかもそれが僕に伝わっていることをわかっている。意識している。
 なんだ、こいつ。
 なんて、ねちっこい。
 元々嫌味なところがまったくない、というわけではなかったけれど、このレフィナは……。
 ヌイの実じゃないけれど、やり口が腐っている。
 根性がねじ曲がっている。
 卑近だ。
 卑しい。
 そう、貧しく卑怯だ。
 僕をちくちく苛み、苛むことで均衡を取っているような。
 均衡を取るって、なんに対してだ。
 この人が何に対して。
 決まっている。
『クルルー様の冒険譚』に対してだ。
 レフィナの「不均衡」の矛先はなんとなく察しがつくような気がしたのだけれど、同時にそんなのはレフィナにふさわしくない、とも思う自分がいたのだった。
 というより、レフィナみたいに、嫌味で粗雑でときには乱暴で……、とにかく、あらゆる面で親らしからぬ面を多々もった人とはいえ、基本的には高潔な部類に入る精神をもった人には。
 そんな俗的な感情を抱くのはそぐわないと。
 そう思ったのだった。
「……僕たちは親仔だろう」
 この状況、この拍子でこの言葉を吐くことがどんな意味をもつのか。
 わからないわけではなかった。
 少なくとも自分にとっては、それは「否」と同等の意味をもつ止めの言葉だった。
 僕はその言葉によって自分自身に止めを、終止符を打ったのかもしれない。
「親仔、……親仔! そう、それはそうだ!」
 レフィナにしてはことさら甲高い、耳に引っ掛かるような声だった。金属的な感触だけが耳の奥に残る。
 ぷち、ぷち、と、目的もなく地面に落ちていくだけのヌイの実の所在が哀れだった。
 食されることもなく〈千年森〉の新たな命に吸収されていく……。


次の更新は11/1(水)を予定しております。

2017-10-15 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 24 :
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『千年相姦』四章 レフィナの感想(3/6)

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ニゲルを殺した(かもしれない)罪から逃れるように嵐の森の中をひた走っていたクルルーは、雷に引き裂かれ大木の下敷きになってしまう。気を失った彼はそこで延々夢を見ていたようなのだが……。
「……チコ?」
夢の中に現れた見知らぬ黒髪の人物に、同じく黒髪のチコの面影を重ね合わせるクルルー。
ここで時系列は現在に戻り、クルルーは夢から目覚めます。

ここでお気づきの方がいらっしゃるかどうかわかりませんが、クルルーの年齢にご注目ください。
実は前回の嵐のシーンでは彼は17歳だったんです。
でも今は18歳?
つまり彼には、コロンの村を飛び出てから〈千年森〉に帰郷するまでの間に、『クルルー様の冒険譚』ですら語り得ていない、「空白の一年間」があるんです。このことは、なんとなく頭の隅に置いていただけたらと思います。

さて今回から四章の本題です。
レフィナが『クルルー様の冒険譚』に物申します。
とその前に、今回はその前哨戦。
別名「嵐の前の静けさ」回です。
流れを重視したいので、今回は前回のラスト部分から引っ張っています。
レフィナの、冷静な言動とは裏腹の、クルルーを見る汚物のような眼差しにご注目ください。
それと、レフィナの〈千年森〉の主としての姿ですね。レフィナちゃんと仕事してるんやん! って思ってもらえたら成功です。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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クルルー(18歳)レフィナ(年齢不詳)


四章 レフィナの感想(3/6)


 あんた誰だ。
 ……黒髪。
 黒髪?
「……チコ?」

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 わたしのかわいい鉤尻尾
 わたしのかわいい、かわいい……、鉤尻尾

 子守唄が、聴こえる……。

※※※

「誰がチコだって?」

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「……え……」
「起きろ、クルルー、朝だ」
 養親が僕を間近で覗き込んでいた。養親の、その色素の薄い髪の切っ先が僕の鼻をくすぐる。先端だけ淡く染まった、特徴的な色合いをした長い髪。レフィナのほとんど色素の抜けた髪。
 ……黒髪とは程遠い。
「……レフィナ」
「やっと夢から戻ってきたか」
 え……。なぜレフィナが、僕が「夢」を見ていたことを知っているのだろうか。
「僕、夢を見ていたの?」
「何をいう、うなされていたぞ」
「ああ……」
 そりゃ、そうだ。
 起きている者が、寝ていた者をして夢を見ていたと推測するのは妥当な判断だ。僕はよほど寝ぼけているらしい。
 ようやくここまできて、意識がわずかながら明瞭になってくる。
「夢の中で、夢を見ていた……」
「おまえは複雑な夢を見るんだな」
「うん、意味がわからない夢だった。途中までは、過去を再生していただけだったみたいなんだけれど……」
「……いつの『過去』だ」
 レフィナの声は抑揚がなかった。
「過去っていっても、結構最近のこと。一年前くらい前。雷雨に突然襲われて、見知らぬ森の中で迷ってしまったことがあって……」
「そんなことがあったのか?」
 それは災難だったな、とレフィナが労いがらも不審がる気配を覗かせた。心配しているようでもあり、いぶかしげに感じているようでもあった。「うん、脚も、骨折して、右脚……」
「──、それは」
 息を呑む気配とともに、レフィナが掛布の上から僕の右脚に触れてくる。大腿部の辺りだ。僕はなぜか右脚にかかったレフィナの指先を注視している自分に気付く。布越しなのに、やけにレフィナの指先がひんやり感じられた。
「しばらく、動けなかった……」
 僕は寝乱れていた髪をかきあげ、頭を振った。じんわりと汗が浮かんでいた。
「レフィナ、熱い……」
 レフィナが水に浸した布で僕の額を拭いてくれる。その間レフィナは無言だった。衣擦れの音が部屋に満ちる。「……ありがとう。冷たくて気持ちいい……」
 僕はしばしレフィナに身を任せていた。
 珍しく親らしいことをしてくれている。
 いや、この人は、そこそこ昔から、親としての責務は果たしてくれていたのだ。
 僕が本当に参っているようなときには、決して僕に無体を強いることはなかった。
 つまり今の僕が、それだけ憔悴しきっているように見えていたということなのだろう。厳密な意味で不調だったというわけではなかったので、申し訳なさも手伝って身の置き場を失ってしまう。
 身体は良好そのものだ。
「複雑な」夢を見た割には睡眠も滞りなくとれていたみたいだし。
 ただ、……。
 目覚めが悪かった。
 あの唄のせいだろうか。
「子守唄……」
「なんだって?」
 レフィナが本格的に僕を慮るように眉を顰める。「大丈夫か?」
「うん、平気、大丈夫、全然……」
「……」
 レフィナはなおも僕を無言で見据えたままだ。
「ごめんねレフィー、心配かけちゃったね。朝の散歩に行こうよ。僕、ヌイの実を食べたいな。……腐りかけのほうのやつ」
「相変わらずだな」
 レフィナの周りの張り詰めた空気がふっ、と緩んだ気がした。
 相変わらずの嗜好の僕に呆れたような、安堵の念を抱いているような、複雑な優しさが感じられる声音だった。
 僕は着の身着のまま、森に出た。
 レフィナも相変わらずの襤褸をまとっていた。もちろん、顔をひた隠しにすることは忘れず。

※※※

 朝の日差しの元で見る〈千年森〉の深さは格別なものだった。濃い空気も、緑の衣の厚さも、〈千年森〉外周に点在する小さな森や集落とは比べものにならない。僕はその圧倒的深淵に、しばし言葉を失う。仮にも故郷であるにも拘らず、初めて訪れた地であるかのようにあらためてその畏怖に息を呑む。知れず敬虔な気持ちになり、それが僕に自然沈黙を強いた。
 レフィナが僕の少し前を淀みのない足取りで歩いている。地面を引きずるような長い襤褸をまとっているにも拘らず、よく足を取られないものだ。見慣れた光景であるにも拘らず妙に関心してしまう。
 沈黙はしかし静寂とは無縁のものだった。
 レフィナが歩く先、悉く緑がうごめき、忙しない生と死を繰り返しているからだった。
 そうして新芽の道ができあがる。
 苔や群生している植物に紛れて一見目視しづらいのだったが、レフィナが通る所、まるで刷毛で刷いたように生命が刷新されていくのだった。
 不思議な光景だ、とは思わなかった。
 僕にとってはあたりまえの、見慣れた光景だったからだ。
 それが本来なら有り得ない現象なのだと知らしめられたのは、〈千年森〉外周で生活しているキトゥンたちと接触するようになってからだった。
 僕は悉く、外のキトゥンたちから、変わったキトゥンであるとか、空想癖があるだとかいった、あらゆる表現でもってそれが「非現実的なものである」という認識を刷り込まれていったのだった。
 そちらの「常識」に支配されかけていたほどだ。
 けれどそれはやはり事実だった。
 七年経った今でも養親はその「不思議」を現実のものとして「一新し続けていた」。
 まったく、なんていうことだろう。
 世間を知った上でこの光景を目の当たりにするのと、知らず目の当たりにするのとでは意味が違う。そこには大きな隔たりが生まれる。認識の仕方に。
 僕はこれをどう捉えればいいのか。
 けれどあまりに神秘的な光景に僕のそんな矮小な疑問は洗い流されていってしまう。
 さまつな疑問も通俗的な常識も、眼前に広がる絶対的神秘の前にはなんの効力もなさない。
 きれいだよ、レフィー。
 僕は森色の背中を見つめる。
 瞼を細めていたのは、朝日が眩しかったからかもしれない。


次の更新は10/15(日)を予定しております。
2017-10-01 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 27 :
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『千年相姦』四章 レフィナの感想(2/6)

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ニゲルを殺した(かもしれない)罪から逃れるように嵐の森の中をひた走っていたクルルーは、突然の雷に襲われ気を失ってしまいます。
どうやらクルルーが夢とうつつの間をさまよっているようです。
そしてオープニングでも出てきた例の子守唄が……。
この子守唄を唄っているのは誰なのか。
クルルーに話しかけている赤文字の人物は何者なのか。
〈千年森〉=地図上に存在しないであろう森
ということを踏まえてお読みいただけると、クルルーに話しかけている人物の特異性がお分かりいただけるかとも思います。
文章の稚拙さも相まってわかりづらいんですが、雰囲気だけでもお楽しみいただければと思います。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
170824_4.jpg
クルルー(17歳)????


四章 レフィナの感想(2/6)


 わたしのかわいい鉤尻尾
 ある日 大木のウロに 引っ掛かっていた
 わたしが見つけた 宝物
 わたし 指先に あなたの鉤尻尾 引っ掛けて
 棲処の扉を くぐったの

 あなたの揺りかご 作ったわ
 丈夫な小枝に 温かな木の葉
 森中駆け回って 探したの

 あなたが 逃げてしまわないように
 わたしだけを 信じてくれるように
 わたしだけを 見つめてくれるように

 あなたも いつか 旅に出るのでしょう

 それでも ほんの一時
 わたしだけを 見つめていて
 わたしだけを 求めていて

 与えるわ
 捧げるわ
 庇護するわ

 だからお願い
 わたしだけを 見つめていて
 わたしが作った 揺りかごで

 あなたの旅が 始まるまでは
 せめて
 せめて
 ……せめて

※※※

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「もし、もし……」
「ん……」
「貴方、大丈夫?」
「な……にが」
「うなされているわ」
 うなされて?
 違うだろ、あんたが邪魔をしてるだけだろ。
 僕はだるいんだ。
 だるいなんてもんじゃない、身体がひどく衰弱しきっている。おまけに身体中が火照って熱い。特に右脚なんかは燃えるように熱い。どうにかしてよ、この不具合をさ。(※管理人注/雷の衝撃で大木が右脚に落ちクルルーは骨折をしています。本人はまだそのことに気付いてません。気を失ってるので。これはまた後日)そんなこと心配する余裕があるんならさ。心配、え? 僕、心配されてんの?
 誰に?
 っていうか何に?
 どういうこと?
 うなされてるって、僕は寝てるってこと? それとも夢を見てるってこと? それって一緒のことじゃない?
 そんでもってそれを誰か部外者が見てるってことなの?
 おかしな話だ、だけど、夢って、見ている本人以外、全部部外者じゃない?
 ああ、ものすごいことに気付いてしまった。
 そうか、夢って、全部自分の中の出来事なんだ。
 だから、だからなのかな。
 さっきから乳白色の霧に包まれて身動きをとることができないんだ。
 もう何度目かになるかわからないこの光景。
 そりゃ、呻き声の一つや二つは漏れるって。
 でも、現実と違って、その乳白色の夢の中では声一つ上げることができないんだよ?
 僕が自発的に声を出すのを抑制していたからだ。
 なんでって、……そんなの当然だろう。
 目の前に広がっている光景が、あんまりきれいだったからだよ。
 ううん、きれい、だけだったら、うわあ! とかすごい! とか感嘆符の一つや二つ出しているよね、素直にさ。
 けど、「これ」はそんなものとは違う。
 一線を画すもの。
 だから僕、この光景に囚われて、この光景にもう一度邂逅するべく、こんなにも一生懸命に生きてるんじゃないか。
 無気力で投げ遣りながらさも、僕なりに頑張ってさ。
 せめて最低限、生きていなきゃ、……身体を健やかに保っていなきゃ、永遠にその「光景」に辿り着くことはできない。
 だから何度もこうやって、夢の中でむなしい邂逅を繰り返してるんじゃないか。幾度も幾度もあの日の光景を頭の中で再現することで。
 十一歳のあの日、初めて出会った最低で最上の……、僕の根底を覆したあの光景。
 今でも目に焼き付いて離れないんだ。
 そうしてその光景を想うとき、いつも僕の身体は火照って、でもその熱のもっていき場所がなくて、いつもいつも熱だけ持て余して夢から目覚めるんだ。
「それ」以外の雌たちの身体の中にはいっぱい出してきたけどさ、そういうことじゃなくてさ、僕は「それ」の中に出したいわけ。
 なんでって、そりゃあ。
 え? きれいだったからだって?
 だから、違うって、
 純粋にきれいだけだったら、こんなに悩まないって。
 いったじゃん、感嘆符の一つや二つ吐けば済む話なんだからさ。
 いいか、よく聞けよ、それはさ、汚らわしかったんだよ。
 汚らわしい。
 そんでもってさ、すごくいやらしかったんだよ。
 え? 下品?
 うるせーよ、下品こそいやらしさが最終的に行き着く先だろうが、上品なんてなんの足しにもならねーんだよ、あんただって本当はわかってるんだろ。
 ところであんたって誰だ?
 もしかするとニゲルなのか。
 ……そうなのかもしれない。
 なら、話、続けるよ。
 ……どうせどうやったって、口外することなんてできないんだから。
 永劫に。
 ……。
 そう、いやらしかったそれは、僕の本能を急襲した。
 僕がどれほど苦しんだか、あんたは想像することができる?
 できるわけない。
 毎夜夢に出てきて、僕を翻弄するだけして、それでいて決して触れることは叶わない。
 でも、精神は、心は、昂っているんだ、昂揚しているんだ。例えるなら、生殖器官が身体の内側に縫い止められてて、触れることもできないくせに、熱だけ発してる感じ。
 そんなの、どうやって対処しろっていうの?
 出したい出したい出したい出したい。
 ……放ちたい。
 その人の中に。
 人。
 人、なのか、ニンゲンだったのか、それは。
 レフィナ。
 ……違う。
 違う違う違う違う違う違う違う!
 撤回しろ! 今の言葉を!
 あんたがいったんだろ、レフィナを汚すようなことを。
 あの、誰よりも何よりも神聖で高潔で高みにいる、……それでいて、あんな神々しい慈愛に満ちた、あの人のことを。
 え? 慈愛?
 あったんだよ、あいつにもそういうときがさ。
 本当に僕が小さかったときの話だよ。
 目も見えない、耳も聞こえない、言葉も話せない、……クルルー、クルルーって、鳴くことしかできなかった時代のこと。
 え?
 そうだよ、本当の本当に幼いころ。
 赤ちゃんキトゥンのころの話だね……。
 なんでそんなときのことを覚えているのかって?
 さあ、知らねー、夢の中だからじゃないの。
 失われてしまった幼なキトゥン時代の感覚器官が、記憶って形で残っていたってことじゃないの。興味ないよ、なんでそうなったのかって、そんなさまつなことなんて。
 無意識、ってやつじゃないの。
 そうだよ、その無意識ってやつが、レフィナを汚すな、って、激昂してんだよ。
 ごめんって、別にあんたを責める気はなかったんだ。
 ガキのころの自分が勝手に這い出てきただけなんだ。
 そんだけ、ガキのころの僕にとってはレフィナは大事な存在だった、ってことじゃないの。
 だから、あれはレフィナなんかじゃないんだ。
 あんな、あんな、下品で下劣な姿。
 下品で下劣で、……淫猥で淫蕩で卑俗で卑猥で……ぐちゃぐちゃにかき回してやりたくなるような、あんな猥雑な身体をもった存在が。
 レフィナなんかであるわけがない……。
「レフィナ?」
 ああ、そうだよ。レフィナだよ。
 僕の養親、お伽噺の住人。
 自称、「ニンゲン」様。
 っていうか、事実なんだけど。
「まあ、そうなの、貴方は〈千年森〉に赴かれたことがあるのね」
 オモムカレタっていうか、そこで育ったんだって。
「信じればなんでも現実になるものね」
 だから、信じるも何も現実だったんだってば。
「わたくしもそうなのよ。周りのキトゥンたちは、わたくしのことをすぐにおかしい、狂ってる、って、わたくしをおかしなキトゥン扱いするの。だからわたくし、貴方の仰ることがとても理解できてよ」
「……」
 見慣れない天井。
 湿った空気。
 それから……。
「まあ、意識が戻ったのね、よかったわ」
「……」
 あんた誰だ。
 ……黒髪。
 黒髪?

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「……チコ?」

 わたしのかわいい鉤尻尾
 わたしのかわいい、かわいい……、鉤尻尾

 子守唄が、聴こえる……。


次の更新は10/1(日)を予定しております。

2017-09-15 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 28 :
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『千年相姦』四章 レフィナの感想(1/6)

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新章突入です。
今回は効果音をくっつけてみました。五秒だけでいいので再生してみてください(笑)
ニゲルを殺して(しまったかもしれない)クルルーは、罪から逃れるように村から逃走をはかりますが、折悪しく森の中で雷雨に巻き込まれてしまったようです。
クルルーがやたら哲学的なことをいっていますが、わたしの文章の稚拙さもあいまってえらいわかりにくいことになっています。
難しいことははっきりいって無視してくださって構いません。
ポイントは、
「クルルーが〈千年森〉への帰り道を見失っている」
ここだけ抑えて下さればオッケーです。
皆さんこれまで〈千年森〉は、地図上のどこかにある土地だと思われていませんでしたか?
どうやらそうではなさそうな可能性が浮上しています。
クルルーもそのことで焦っていて、戸惑っています。成長に伴う動物的感覚の衰退が原因であると彼は思っているようですが、果たして真相は……。
このシーンのクルルーは地で語っています。嘘は一切なしです。
ある意味canariaワールドの真髄ともいえる哲学的精神世界をお楽しみください。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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クルルー(17歳)


四章 レフィナの感想(1/6)


 叩き付けるような雨が視界を塞ぐ。ぬかるんだ地面に足を取られ、足を蹴るたびに泥水が跳ねて僕の脚衣をしとどに濡らした。僕の行程を阻むように、森の土すべてが意志をもってその泥濘の腕を伸ばしているようだった。僕の下衣に付着した泥水の染みは、まるで手形を思わせた。奈落の底に落ちてしまって、そこから永遠に這い上がれなくなったモノの。そいつが自分の足元にしがみつき、訴えているのだ。その苦痛を、その哀れを、その理不尽を。
 ニゲル……。
 ニゲルの情念が僕にその名を喚起させたのか、僕のなけなしの罪悪意識がその名を想起させたのか。
 それはない、と僕は知れず唇を歪める。
 自分を省みて立ち止まるという選択肢はあのとき微塵も浮かばなかった。
 だから目的があろうとなかろうと進み続ける。
 進むというのは、少なくともあの「村」からできるだけ遠ざかるということだ。
 今はそれだけでいい。
「鼻」が退化して久しい。
 僕は十七歳になっていた。完全ではないにしろ、もう立派な大人キトゥンだ。尻尾も退化して衣服の下に完全に収まるようになっていたし、耳も退化して顔の横でその存在を申し訳程度に主張する程度だ。
 僕がキトゥンであった証などほとんど残されていない。
 そうしてお伽噺の「ニンゲン」に近い姿になっていく。
 ……あの人に近い姿に。(※管理人注/養親レフィナのこと)
 僕は〈千年森〉に向かっているのだろうか。
 いや、違う。
 そもそも〈千年森〉がどこにあるかわからない。
 僕の気持ちがどこにあるのかわからないのと一緒だ。僕は自嘲する。
 身を包む漆みたいな色をした外套をぎゅっとつかむ。

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雨水を吸ってずっしりと重い。地面をまとっているようでもあり、けれど体温を奪われるよりはましだった。雨を吸ってまるで深紅の血のような色合いに染まっている。それともこれはニゲルの血なのか。
 旅装束は、その辺りに点在していた納屋から拝借した。
 まったく、行きも着の身着のままなら、帰りも行きずりで窃盗紛いのことをしでかして、ようやく旅装束が仕上がるとは。
 急に天候が崩れたのがいけない。
 僕はそれを自然のせいにする。
 虫のいいもので、僕にはまるで罪の意識とか内省の気持ちとかいったその手の感情が沸き起こってこないのだった。
 代わりにこの身を浸しているのは、死にたくないという想いだけ。
 だから村を捨てることになんの迷いもなかった。
 チコに対して後ろ髪を引かれるような想いはいまだあったけれど。
 けれど、生を望むその一点だけが僕の中心にあって、その一点の前にあっては感傷的叙情的な想いなど振り落とされて然りなのだった。
 降りしきる雨が、僕の良心すらも洗い流していったのか。
 いや、きれい事だ。
 なぜなら最初からもち合わせてすらいなかったのものなのだから。だからこそこうしてなんの迷いもなく「村を去る」という選択肢を選び取ることができた。そうして僕のその狡猾な判断の繰り返しが、僕がこれまで生きながらえてきたゆえんでもある。その狡猾な生の過程に今のこの事態があるのだ。これから先も僕は延々と利己的な判断を下していき、最後には自分自身に返り討ちにあってしまうのかもしれない。
 肥大した自己に。
 自己が肥大しているからこそ僕はこんなにも自分のことを徹底して否定してみせることができるのだろう。
 それはあの人譲りだ。
 あの人によって埋められた自己否定の種だ。〈千年森〉外周でようやっと発芽したというだけのことなのだ。
 そうしてそれは、いつしか僕を喰い潰す。
 けれどそう思うと恍惚とした想いに身が包まれるような気もするのだ。
 あの人が蒔いた種に呑み込まれるのならそれもいい。自己否定の花を満開に咲かせた暁に、自分がこの生から消えてしまうのなら、それもいい。
 清廉を目指して有象無象の他者に崇め奉られる生き方などに興味はなかった。反対に有象無象のすべてに否定される孤独の生き方にも怖れは感じなかった。
 ただ、たった一つの目指すものに顧みられないことは、僕にとっては僕の根幹を揺るがす重大事態だった。
 けれどそのたった一つは、ニゲルのいうような唯一無二というものではない。
 唯一無二よりももっと近いものだ。
 それは「対象」ではないからだ。
 それは僕の内部にあるものであり、ただその一点が僕を駆り立てているのだ。それを僕は「欲望」と呼んでいる。
 けれど、その欲望の行き着く先が自分でわからない。
 自分自身が、一番、持て余している。
 欲望の「終着点」が何処に存在しているのか。
 それがわからないのだ。
 森の「何処」に、目指すべき樹があるのかわからないということと一緒だ。
 進めば進むほど〈千年森〉から遠ざかっていくようでもあり、急けば急くほど答えが遠ざかっていくようでもあった。
 ただ、今は、降りしきる雨に身を任せていたい。
 何も考えずに、身体だけを動かしていたい。
 そうしてその付け焼刃のような仮初めの衝動が、村から遠ざかるという目先の目的と合致していたのが、僕が崩れ落ちなかったゆえんだったのかもしれない。
 幼なキトゥンの特徴である、あらゆる鋭敏な感覚器官が退化して久しかった。
〈千年森〉を出奔したときには備わっていた優れた嗅覚も今じゃ見る影もない。嗅覚だけじゃない、聴覚も、触覚も、雌を探すために必要だったそれらの器官はすべからく、ある一定数の雌と接触した時期を境に衰退していった。不必要なものになっていくからだ。
 代わりに視覚は発達し、色の見分けが数段につくようになった。
 けれどそれがなんであるというのだろう。
 目に見えるものの中にどれほどの真実が含まれているのか。
 けれど僕はもう、この一番特化されたこの感覚、「視覚」に頼ってこの嵐を切り抜けていくしかない。
 大人になるにつれて表面的なものしか見えなくなる。
 表層的なことに囚われていってしまう。
 だから、失われていった感覚の中に、欲望の「終着点」に関する何かとても大事なことが含まれていたような気がしてならない。
 そうだとすれば、僕は永遠に失ってしまうのだろうか。
 その、「終着点」を。
 嫌だ……!
〈千年森〉に帰りたいのか帰りたくないのか、そもそもそこは僕が帰るという認識を抱いていい場所なのか、そもそもそれは何処にあるのか、それすらも何も定まっていないというのに、永遠の別離を想像した途端、ぞっとするような恐怖が身の内を浸した。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ……!
 それなら、せめて生きながらえていなくては。
 止まない雨に体温は奪われ空腹も限界に達している。そもそも空腹感すら感じなくなって久しい。
 昔と違って、生食を受け付けない身体になっていた。けれど火を起こす時間も気象条件も揃っていなかった。そもそも危険を犯す気は更々なかった。
 狼煙が上がりでもしたら、いつあの「村」の連中がやってくるか……。
 狭い共同体の中の掟は狭量で偏狭だ。
 それは、チコの暮らしぶりもそれを証明していた。コロンのパパの情や優しさなどで防ぎきれるものでもなかった。
 ああ、チコはどうしているだろうか。僕が起こした惨事とはいえ、彼女の家の庭先で起こったことだ。うまく村のキトゥンたちの追求を逃れ得ているだろうか。
 こんな状態になっても、まだ、未練がましく彼女を想っている自分がいる。
 一方で僕の中心、中央に居座る強い欲望は冷静にチコを不必要と切り落としてすらいる。
 欲望が冷静な判断力を兼ね備えているとは!
 それは矛盾なのではないか。
 それはもはや「意志」といっていいものなのではないのか。
 欲望にしろ意志にしろ、何か極端に極限に行き着いてしまった生物の感情は、最終的には一周して同じ一点に行き着いてしまうのかもしれない。それは欲望であり意志でありそれらを漂白した先にあるものなのではないか。
 ……。
 それは「生」なのではないだろうか。
 何か一つの真理に辿り着きかけたときだった。
 雷雨が森を切り裂き、その光景を最後に僕は意識を失った。


次の更新は9/15(金)を予定しております。
2017-09-01 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 28 :
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『千年相姦』三章 クルルーの手紙 シロツメクサの花冠(4/4)

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四回に分けてお送りしてきたクルルーの手紙ラストです。
パパをめたくそ言っていたり、これでもかとばかりに自虐と皮肉のオンパレードだったクルルーですが、彼が結局この手紙で伝えたいのはこのことでした。
クルルーがチコへの想いに答えを出しています。
四章『レフィナの感想』に移行するその前に、クルルーの手紙をお納めください。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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クルルー(17歳)


三章 クルルーの手紙 シロツメクサの花冠(4/4)


 ねえ、チコ。
 僕、正直いうと、あのとき、あのとき、っていうのは、君とコロンのパパが抱き合っていたときのことなんだけど、ちょっと、いや、かなり昂揚していた。
 実は……、ってやっぱりいいや。
 こんな尾籠なこと、わざわざ書き残すことないね。君にばれないように物置から出てくるのが大変だった。ま、そういうこと。
 僕の切望していることが再現されている、って思ったんだ。血の繋がった親キトゥンと、仔キトゥンが、抱擁し合っている、それも、危うい形で……。君にしては、おとなしかった、あのときの様子、……。それは、君自身が本当の意味で苛まれていたからなんじゃないかな。パパの物いわぬ「求め」に対して。もっというなら心が犯されてしまいそうな恐怖っていうか。僕は雄だから、雌の気持ちは想像することしかできないけれど、コロンのママがコロンのパパだけにすべてを捧げていたように、実は君にもそうしたいと思う一面があったんじゃないか。
 僕はそんなふうに思ったんだ。
 そうして僕は、あのとき初めて、どんなに君が振り乱れていようと、僕は一度だって君の心に僕の欲望を注ぎ込むことなんてできていなかった、っていうことに気付かされてしまったんだ。
 そう、君は、本当の意味で僕に心を傾けていなかった。
 あれは、身体の快楽に火を注いでいただけの交配に過ぎなかった。だけどいくら昂揚していたとはいっても、僕が君のパパ役を努めていた時点で、僕の直接的な影響力なんて高が知れているよね。君の頭の中ではあの「パパ」が再現されていたんだろうし、僕だって……。
 だけどあのとき、コロンのパパと君が抱擁しているときに初めて気付かされてしまったように、今また初めて気付かされたことがある。
 一度あることは二度ある、って、本当だね。
 チコ、君のことが好きだった。
 君に、恋をしていた。
 いつのころからか、僕は君の喘ぐ姿の中に「君自身」を見いだしていた。君自身に欲情していたんだよ。
 今さらだね、こんなこと。
 だけどこんなこと、らしくないというのもわかっている。
 君だってこんなのは受け入れがたいと思っていることだろう。
 だけど、安心して。
 僕、本当の本当の本当にいいたくないことは、徹底していわない主義なんだ。
 まあ、この手紙に端々にでも、それは感じられたでしょ。
 だから、君に恋してはいたけれど、「文字に残す」程度には、秘めたるべき思いでもなかったってこと。
 けど、直接君にいうのは気が引けたから。
 っていうか、矜持が許さなかったから。
 僕みたいな根性のひねくれた雄が矜持も何もないけどさ、「駆け引き」に負けた気がしたみたいなのが、嫌だったんだ。
 だけど、君の勝ち。
 今までありがとう。
 それからこれ。
 頑張って作ってみたんだよ。
 シロツメクサの花冠。
 君の黒髪に映えると思ってさ。
 で、本当はこれで「ユビワ」を作っていようとしていたことは、ここだけの秘密。失敗したんだ。つまりその程度の思いってこと。
 ユビワって知ってる?
 神様であるニンゲンが創ったものとだけ記しておく。
 今までありがとう。
 じゃあ。

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僕が恋したチコへ クルルーより


次の更新は9/1(金)を予定しております。

2017-08-15 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 20 :
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『千年相姦』三章 クルルーの手紙 シロツメクサの花冠(3/4)

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前回に引き続きチコへ宛てたクルルーの手紙3/4です。
前回パパのことをメタクソに言っていたクルルーですが、なんでパパの内情にここまで詳しいのかその理由が語られています。クルルー、影でこんなことしてたんか……。覚えていらっしゃるかどうかわかりませんが、二章『クルルー様の冒険譚』でママとクルルーが家事を終えた後、二匹で沐浴に行くシーンがあったかと思うんですが、その裏にはこんなカラクリがありました。
それから、クルルーの「初めての相手」ですね。そのことについても触れてます。クルルーの初体験の相手はコロンじゃなくてこの人でした。
この二匹が築いていた、そこはかとない「共依存」の匂いを感じ取っていただければと。
クズ……クルルーの語りを引き続きご覧ください。それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
160416_2_20161204203212469.jpg
クルルー(17歳)


三章 クルルーの手紙 シロツメクサの花冠(3/4)


 ああ、なんでこんな詳細を知っているのかっていうと、それはまあ、毎晩折に触れて話をしていたとは思うんだけれど、「月夜の散歩」中に、コロンのママが自分からぺらぺら喋りだすからなんだよ。あの時間帯に一匹で入浴に来るのはわかっていたからさ、興味もあって近づいてみたわけ、まあ、それなりに時間をかけて、ではあったけれど。コロンのママは一見柔和そうだったけど、警戒心が半端なく強かったから。けれど、ああいうところが逆に雄の心を駆り立てるんだ。『背後』からそういったら、コロンのママ、頬を羞恥に染めていたっけ。わかりやすい雌だった。そうして仔キトゥンを産んだ雌の身体って、癖になるんだよね。この感覚を君にも教えてやりたいよ。教えたか。間接的な方法で。君の指を口に含んでやってたあれ、コロンのママを再現していたつもりなんだ。いうのを忘れてた。
 ここの村のキトゥンは、ほんと、よそ者に対して護りが甘いんだよね。ニゲルも、……あいつ、お喋りなんだよ。のべつまくなし、会うたびに聞いてないことまで話してくるからさ、適当に相手してやっていたわけ。「君みたいな美しいキトゥンは見たことがない」っていわれるたびに、苛々させられていたものだ。
 ……誰がなんといおうと、僕は美しくも優れてなんかもいない。
 それは、今回の事態(※管理人注/ニゲル大木壁ドン突き落とし事件)だって、そのことを証明している……。
 僕は、醜い。
 中途半端な被毛の色も、僕のひねくれた根性をそのまま体現しているかのような折れ曲がった鉤尻尾も……、すべて、すべて。
 君のような、完全な黒色をしたキトゥンになりたかった。
 だから、僕の理想を体現したような、黒い髪をした君にこんなにも心惹かれてしまったのかもしれないね。初めて見たときから、初めて会った気がしなかった。まるで何年も前から知り合いだったみたいに、僕たちはすぐに気心が通じ合ったね。
 って、身体のほうが先だったけど。
 あのときは驚いたなあ。
 何せ、伏せっている僕の上にいきなり跨がってきたんだから。おかげで僕の『病気』が治ったわけなんだけれど。けれど、あんな強制的な形で自分の病気の正体を悟らされてしまうなんて、君も相当意地が悪い。
 交配に慣れてきたころに、君を極限まで追い込むような交配をするようになったのは、君に仕返しをする意図もあったんだ。
 だけど、僕の下で喘ぐ君を見ながら、ああ、君もなんだかんだで雌なんだな、って思わされたものだったよ。
 君にあんな一面があったなんて。
 ほどけた包帯から血が滲み出ていた。
 あんなの、僕じゃなきゃ興奮しないと思う。
 それは、多くの「お友達」に「引かれていた」わけだよね。だけど僕には自負があったよ。君のそうした「傷」を受け入れてあげられるのは僕しかいないって。なんでかな、手に取るように、君の求めていること、表面的な事象に隠されて埋もれていることの本質のようなものが、わかってしまうんだ。君が交配中に腕をかきむしるのが好きだったのは、それくらい激しく自分だけを見てほしい、っていう心の声だったんだよね。決して、多くの「お友達」がいっていたように「嫌がらせ」だったわけでも「あてつけ」だったわけでもない。ただ、その表現方法がねじ曲がっていただけで。
 〈千年森〉には年月を重ねすぎてねじれた樹木がいっぱいあったから、そのせいもあったのかな、君のねじれなんてそれに比べたら大したことないよ。上には上がいるものだ、例えば、〈千年森〉を創った人、とかね。
 そうそう、君がいうように、よく聞くお伽噺の一つだよ。『千年森の主』。有名なお伽噺だよね。神様たる「ニンゲン」が一人で住んでいるっていう。そう、僕はその「ニンゲン」に育てられたんだ。
『あんた孤独すぎてとうとうそっちの方向にいったのね』
っていう君の言葉は、あながち外れていないかも。
 そうだよ、チコがそういうならそういうことにしておいていいかなって僕は思ったんだ。あまりむきになって君の機嫌を損ねるのは嫌だったし。交配中は、お互いに余計なことはもち込まない、っていうのが、暗黙のルールだったしね。
 僕たちは互いが互いに、お互いにないものを与え合っていたんだ。生まれてから今まで、長い年数をかけて生成されていった大きな形をした空洞を必死に埋め合っていた。
 もっとも、僕たちの空洞は貪欲で、埋めても埋めても今度は空洞のほうが膨張していく一方だったんだけどね。
 ホント、難儀だよね。カゾクに恵まれていないキトゥンっていうのはさ。


次の更新は8/15(火)を予定しております。

2017-08-01 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 24 :
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プロフィール

canaria

Author:canaria

イラストと小説でオリジナルの世界観を表現しています。上のレフィナはプリンさんが描いて下さったものをブログ主が勝手に着彩したものです。先月まではたらこさんのお世話になってました。たらこさん、プリンさん、お二方ともどうもありがとうございます。次回はたらこさんの四コマコンビニセイレンたんを強奪予定です。初めましての方はこちらをどうぞ。

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『侵蝕恋愛Ⅰ紅き瞳の双花』
この世に居場所のない二人は、互いに何を求め、何を互いに見出したのか。
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『侵蝕恋愛Ⅱ蜜月』
ケイは路地裏で出逢った両性具有の少女の「片割れの性」に溺れ込むーー。
『侵蝕恋愛Ⅲ孤児院日誌』
ファーンは明け方の海で亡き母に瓜二つの少女セイレンに出会うーー。
『侵蝕恋愛Ⅳ恋人たちの契約』
一冊の手記がケイを過去へとからめ取るーー。
hyoshi_7.jpg『侵蝕恋愛Ⅴ歴史の花冠』『太陽の家』でケイが見たものとは。

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webアンソロジー季刊誌「carat!」(※休刊中)

素敵な作品をありがとうございました。
20160320.jpgwebアンソロジー季刊誌「carat!」Vol.1 創刊号
20160524.jpgwebアンソロジー季刊誌「carat!」Vol.2 夏号
20160924_1.jpgwebアンソロジー季刊誌「carat!」Vol.3 秋号
20160924_2.jpgwebアンソロジー季刊誌「carat!」Vol.4 冬号

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