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③ご用のある方はこちらからどうぞ→mail_02_bla.gif

ヤクルトレディー

毎月発表すると標榜した掌編第三弾は、ブログ主の実話を元にしたお話です。
もちろん、本当のヤクルトレディーはこんなんじゃありませんよ(笑)
また、実はブログ主初となる、現代日本を舞台にしたお話でもあります。なので、わたしの作品をよくご存知の方がどのように思われるか気になりますね。ちなみに、日本は日本でも、今回は意識的にネット民向けにしてみました。
等身大の男性が主人公ということで、露骨な表現が出てきます。そういったものが苦手な方はご注意ください。
なお、ここに出てくる名称は本人及び団体とはまったくの無関係ですので、ご了承ください。あ、アイドルの『百坂檸檬ももさかれもん』だけは創作です。
それでは、どうぞ。


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イラスト/ヤクルト/水彩
 
 ピー、ピー、という脱水終了を告げる音に、俺はこたつから重い腰を上げた。玄関を出て、洗濯機の前に立つ。『ユニクロ』で買った毛玉だらけのスウェットに手を突っ込み、これまた『ユニクロ』でまとめ買いしたトランクスの上からち◯こを揉む。気合いを入れるときの俺のMy儀式だ。
「ふぁ〜あ……」
 伸びをして、洗濯機のふたを開ける。バスタオルやら靴下やら股引ももひきやらが絡まり合いながら、底のほうでドーナツ状に鎮座ましましている。子どもの頃、こんなCMがあった。確か『ミスタードーナツ』だったか。そんなことを思い出しながら洗濯物をかごに放り入れているときだった。
「あの〜」
「うぇあおえあああああぁ!?」
 俺は声にならない叫び声を上げて飛びのいた。
「あらあら、驚かせてちゃったわね、お洗濯中? 若いのに関心ねぇ〜、こんな寒空の中お外でお洗濯するのは大変じゃない!?」
 なんだなんだこいつらっ、どっから湧いて出てきやがった!
 フランス国旗みたいなウィンドブレーカーを来た男女三人組が目の前にたたずんでいた。赤と青と白というトリコロールカラーが、『寿荘ことぶきそう』の寂れた表情とあまりにそぐわない。
 俺は助けを求めるように外階段をちらと見遣ったが、そこにはただただ寒風にさらされた、鉄骨階段の痛々しげな姿があるだけだった。
 俺が『ミスタードーナツ』のことを考えている隙に忍び込んできやがったなこいつら!
 俺に声を掛けてきたおばさん(平野レミ似だった)がのたまった。
「今わたしたち一件一件お宅を回ってモニター様を探させていただいている最中だったんですよぉ〜、お客様がちょうど十件目のお宅で、ほら、こんな寒い日でしょう、皆さん中々お出になって下さらなくて……。よかった……最後にこうしてお話を聞いてくださる方に出会えて」
 斜め後ろにたたずんでいた男が、補足するようにいい添えた。(ちなみにこちらはサンシャイン池崎を真面目にした風だった)
「今日はお客様にヤクルトの良さを分かっていただこうと思い、訪問させていただいているんです」
 こいつらヤクルトの使いだったのか!
『寿荘』の周りには、ファミリー向けの小奇麗なアパートが多い。一軒一軒突撃していって、最後にこの『寿荘』にたどり着いたに違いない。今日び奥様方だって働きに出ているこのご時世、こんな平日のまっ昼間っから「モニター様@ヤクルト」なんかが見つかるわけがない。築二十九年『寿荘』(ちなみに俺と同い歳)に住んでいる夜勤フリーターとかならともかく。
 そう、俺のことである。
 平野レミの手腕は凄まじく、俺はいつの間にか数枚のチラシを握らされていた。チラシにはシロタ株がどうの、善玉菌がどうのといったことが、デフォルメタッチの糞のイラストと共に印刷されている。
 チラシに書かれてあるのと同じ口上が頭の上から降ってくる。
 店頭に並んでいるヤクルトと宅配でお配りさせていただいているヤクルトとではシロタ株の数が違うんですほらチラシにも載っております通り店頭販売のヤクルトは赤のパッケージ宅配用のヤクルトは青のパッケージとデザインも違いますでしょううんぬんかんぬん……。
 おばさんのビッグウェーブは、俺の東洋的日本的感性に裏打ちされた侘び寂び精神を、容易に飲み込んでいく。
 私どもが頑固に訪問販売にこだわり続けているのはヤクルトが規則正しく定期的に毎日飲むことで初めて効果が得られるからであってそうした習慣を作っていただくためにもこうして毎週お届けさせていただくべく訪問させていただいている次第でございまして……。
「というわけでございまして、私たちはこうしてお話しさせていただいて、ヤクルトの良さをわかっていただけたらと思い、訪問させていただいているんです!」
 と最後だけサンシャイン池崎風が引き取り、話を締めくくった。
 うそつけ!
 平野おまえめっちゃシロタ株シロタ株アピってたじゃねーか!
 と思わず声にならない一人突っ込みを入れるも、現実は悲しいかな、へらへらうすら笑いを浮かべる自分がいるばかりである。
 これはモニター様と称して、なし崩し的に契約させられるパターンだ。
 だがフランス国旗に囲まれた俺になすすべはない。
「で、でも、俺、今、金なくてですね、その……」
 やっとのことでそれだけ口にした俺だったが、不運にも俺のなけなしの抵抗は、 平野レミのヤクルト魂に火を付けることになる。
「お代はいただきませんから! ……カズ君アレお出しして!」
 平野レミが顎でしゃくった。客には下手だが部下には高圧的に出るタイプと見た。もうこれだけでも俺がこのおばさんの魔手(魔手といっていいだろう)から逃れられないのは明白なのだが、サンシャイン池崎風もそうなのか、笑顔でおばさんのいいなりになっている。愛想笑いが顔面の奥にまで染み込んでいるような男で、きっとこいつの家には嫁及び生まれたばかりのベビーなぞがいて、そいつら養うために必死こいてレミやら客やらに毎日へりくだってるんだろうなぁ、と暗たんたる気持ちになった。
 この瞬間ほど嫁はおろか彼女すらいない自分を幸運に思ったことはない。
 いつの間にか俺の手にはヤクルトパック(@一週間セット)がパスされていて、俺はこれをパスし返さなきゃいけないと焦るのだが、サンシャイン池崎風の「本日はひとまずプレゼントいたします」に完封されてしまう。
「でもさすがにタダってわけには」
 なおもごにょごにょといい募ると、平野レミ風味が話の矛先を変えるように、突如背後の女を押し出した。
 あ、忘れていた。
 もう一人いたんだっけ。
 二人の影になるように隠れていたので、ずっと気付かなかったのだ。
「来週はこの娘が伺いますから、そのとき契約するかどうか決めていただいて結構ですよ! この娘高田さん、この地区担当になった新人さんなの、かわいいでしょ、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします、た、高田です」
 顔を上げた高田さんと目があった瞬間、俺は雷に打たれたように動けなくなった。
 そこには『百坂檸檬ももさかれもん』がいた。

※※※

「で、そのヤクルトレディーが、地下アイドルの百坂檸檬ももさかれもん似だったからっていう理由でヤクルト契約しちゃったわけ?」
 ドルオタの考えることはわからん、と人のことはいえないゲーオタのよつばさんがいった。
 よつばさんはゲームオタク、それもオンラインゲーム専門のゲーオタで、彼とはかの有名な『モンスターハンター』で知り合った。よつばさんは典型的な「ネカマ」で、オンラインゲーム内ではいつも女キャラでプレイしている。そうするほうが仲間が集めやすく、また、アイテムをもらえる確立が高くなるのだそうだ。「中身はこんなおっさんなのにな」がよつばさんの口癖だ。ちなみに俺も画面の向こうのよつばさんに舞い上がっていたことがあるという、痛恨の過去を持つ。よつばさんとは今でも「よつばさん」「キリト氏」とハンドルネームで呼び合う仲だ。
「キリト氏金大丈夫なん?」
「愛があれば大丈夫」
「金で買った愛だろ」
檸檬れもんたんはそんなんじゃない!」
 俺は憤慨したが、早くも酒に飲まれつつある俺とは対照的に、よつばさんは枝豆片手にどこ吹く風だ。
 こういう仕草がいちいち絵になる男だった。
 ゲーオタのくせにこいつは若手俳優の『山崎賢人』にそっくりで、今の嫁とも『モンスターハンター』のゲーム内結婚式をきっかけに、リアル結婚に至ったというオタクの風上にも置けない奴なのだ。
 だが格差社会もここまでだ。
 俺には檸檬れもんがいる。
 それだけで今までこいつに被った汚辱が覆される気がする。
「来週も檸檬れもんが俺に会いにくるんだ」
 よつばさんが肩をすくめてみせたが、俺の心は早くも一週間後に浮遊していた。

※※※

 それからの俺は毎週がライブだった。
 毎週月曜になると檸檬がピンポーンとインターホンを押し、俺に糞の調子(正確には腹の調子)を尋ねてくる。
 檸檬と糞の話をする日々。
 アイドルと糞の話をできる男が果たして世の中に何人いるだろうか。
 いわんや俺の糞の調子を把握しているアイドルが!?
 俺にはそうした性癖はないのだが(ないはずなのだが……)、檸檬と糞について語り合った夜は必ず『TENGA』が活躍した。
 檸檬は俺のようなドルオタにも分け隔てなく接してくれる優しい女だった。
 当然だ。
 俺は檸檬にさんざ奉仕してきたからな。
 ライブにも足蹴く通ったし総選挙のときはCDを何十枚も買った。プレゼントにも『THE BODY SHOP』の入浴剤やらせっけんやらといったおしゃれ消耗品をチョイスするというきめ細やかさ。
 その愛がようやく還元されたのだ。
 アイテムと時間を吸い取るだけ吸い取って実は男でしたというよつばとは雲泥の差だ。
 はっはっはっざまーみろよつば!
 これが真実の愛というものなのだ!
「あ、その猫かわいっすね」
 少しでも玄関ライブを引き延ばしたいから、というわけでは決して、決してないのだが、俺はボールペンの先で揺れている猫のラバーストラップを目敏く指さす。心なしか『モンスターハンター』に出てくるアイルーに似ている気がする。アイルーとは『モンスターハンター』の猫型マスコットキャラクターのことだ。
「あっ」
 檸檬の顔にかすかな狼狽の色が浮かんだような気がしたのだが、檸檬ははにかみ屋だから、俺に話しかけられて照れているだけなのだろう。その証拠に檸檬は伝票から目を離しもしない。「実は超猫好きなんですよ〜」
 はい今月のお代2419円の領収証です、と告げる声はほとんど耳に入っていなかった。
 超猫好きなんですよ〜ってか!
 檸檬!
 檸檬!
 檸檬!
 今度猫グッズあげるからね!
 俺はすっかり舞い上がっていた。
 そう、あの悪夢のような瞬間に立ち会うまでは……。

※※※

「お〜、キリト氏、おまえここで何やってるんだよ」
『イオン』のフードコートで突如よつばさんに声を掛けられた。同じ町内に住んでいるとはいえ、飲みの席以外でよつばさんに遭遇するのは珍しかったから、俺はひどく驚かされた。
「何って、猫グッズ」
「猫グッズ? 何それ」
「檸檬に」
 皆までいわせずよつばさんがあ〜! と合点した。
「……ったく、ほどほどにしとけよ」
 うるさい。
 散々アイテムと時間を俺から搾取したおまえが何をいう。
「あ、お〜い」
 よつばさんが遠くに向かって手を振る。
「嫁と子ども。ついでだから紹介しとくよ」
「えぇ!? いいっ、いいよ!」
 リア充の思考回路は理解できんとよつばさんを振り払おうとしたそのとき。
「あっ、重富さん!? わたし高田ですっ、高田! えっ、やだキリトさんてこの人のこと!? やだ〜それならそうと早くいってくれればいいのに!」
 ど/う/い/う/こ/と/だ/こ/れ/は。
 嫁が俺をちらと盗み見る。
「キリトっていうからてっきり『ソードアートオンライン』のキリト君みたいな感じかなって思ってたら……」
 彼女の膝元にはよつばさんそっくりの男の子。
 よつばさんのミニチュアと手を繋いでいるのは、まぎれもない、俺んちの玄関先で毎週ライブをしていた「百坂檸檬ももさかれもん@高田さん」だった。
「ほら、この人ママのお仕事先のお客さん、重富さん。あいさつして!」
「こにちは!」
 舌足らずな声が返ってくる。
 って、「てっきり『ソードアートオンライン』のキリト君みたいな感じかなって思ってたら……」のてっきりってなんだ、てっきりって。
 あぁ!?
 キリトきゅんみたいな中世的美少年じゃなくてドン引きしましたってか、あぁ!?
 二十九歳ワーキングプア舐めんな!!
 失意なのか驚愕なのかわからない感情で俺の心は完全に行き場を失っていた。
 それでも俺は、起死回生のチャンスを狙うべく、息も絶え絶えよつばさんに尋ねる。
「よつばさん、よつばさんの名字って……」
「あ、高田だけど?」
「金返せ!」
 俺は捨てぜりふを残すと脱兎のごとく週末のフードコートから逃げ出した。
 おまえにつぎ込んだアイテムと時間と嫁につぎ込んだヤクルト代返せ!
 俺はヤクルトを解約しようと、強く、強く誓った。
(2018年1月 書き下ろし)
2018-03-25 : ■掌編/短編 : コメント : 17 :
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『千年相姦』五章 最後のサフラン(7/11)

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捨てられ、命尽き果てんとしていたまさにそのとき邂逅した赤ちゃんクルルーとレフィナ。
クルルーはレフィナに「授乳」してもらうことで九死に一生を得たようです。
しかしそんな二人に忍び寄る女性の影が……。
そうです、ラスボスのあの人です。頭あっぱらばーな彼女は、こんな大事なことすら忘れ去っていたのですね。
そしてあの人の「顔」の秘密が明かされる。
佳境を迎える「千年相姦」、それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
170828_2_20180314140118765.jpg170824_3.jpg
レフィナサフラン


五章 最後のサフラン(7/11)


「もし、もし、あなた。あなた様はよもや噂に聞く〈千年森〉の主なのではないのですか」
「いかにもそうだが。……貴女は」
「聖域に土足で入り込む非礼をお許しください。わたくし、数日前にその仔を産んだキトゥンですの」
「ああ、『これ』の母親か」
「ええ。あなた様が保護してくだすったのですね。ご迷惑をおかけしました。その仔を引き取りに参りました」
「引き取りに」
「ええ、数日前に、その仔の顧客……、……父親が勝手にその仔をこちらの〈千年森〉に連れて参りましたの。ですから、わたくし」
「一度捨てた仔を取り戻しにきたと」
「ええ、そうです。もう、二度と同じ過ちを繰り返したくないのです。同じ苦しみは……」
「以前にも仔を捨てた……もとい、切り離された、か、……ことがおありになると」(※チコのこと。つまりクルルーとチコは異父姉弟なのでした!)
「はい、わたくし、いろいろなことが複雑で、胡乱で、いつもわからないことだらけですの」
「そう……、それはお気の毒に」
「でもわたくし、ちっとも悲しいことなんてありませんの。いつも楽しく朗らかな気持ちでいっぱい……、でも、今、その仔が手元にないことが寂しい。その仔におっぱいを飲ませたくて……、乳が、張りますの」
「……」
「ですから、その仔をわたくしに返してくださらないでしょうか」
「いえ、だめですね」
「まあ、どうしてかしら?」
「一度捨てた仔なのでしょう。ご自身の行動には責任をもたなければ」
「捨てたのはその仔の顧客です」
「交配相手の雄のことは関知していなければ。そういう意味では同罪です」
「同罪なのですか」
「はい、同罪ですね。間違いなく」
「まあ……」
「ですから、お引き取りください。この仔は今、授乳中ですので。私の乳房を吸っている」
「……」
「……いかがなされた」
「その仔はわたくしが産んだ坊やです」
「でも、捨てた」
「ですから、顧客が……、でも、同罪なのですね……」
「ええ、察しておられるようだ。今すぐお引き取りください」
「でも、その仔はわたくしの乳房を探しています。今も、きっと」
「いえ、違いますね。この仔は私を選びました」
「違います」
「いえ、現にほら、私の乳房を吸っている」
「……」
「お引き取りください。この仔は私が責任をもって育てます故」
「……」
「……どうなされた」
「その仔はわたくしの坊やだ……」
「……」
「その仔はわたくしの坊やだ! わたくしが産んだ! 父親が捨てたことなんて関係ない! わたくしがわたくしがわたくしが! 父親なんて数えきれないほどたくさんいる! けれどその仔の乳房はたった一つしか存在しない! この、わたくしの……!」
「……貴女は、もしや、……」
「あなた様もわたくしを狂っていると仰るの! わたくしは狂ってなどおりません! 世界のほうが狂っているのです!」
「……やめろ、それ以上、近づくと」
「いいえ、いいえ、もう、『世界』に欺かれるのはたくさんです、それが〈千年森〉の主、たとえあなた様であろうとも」
「…………そうか、おまえは、……『なり損ない』か」
「〈千年森〉は実在するのです。わたくしも幾度もこの『存在』に触れ得てきました。誰も、誰も、信じてくれなかった。けれど、疑うからこそ世界はその者の前に顕在しないのです」
「そうしてこの仔は、生きたいと強く願ったからこそ私を呼び寄せた。〈千年森〉の主たる私の存在を」
「そうです。神は存在するのです。〈千年森〉の主、あなたは実在した。命の中に〈千年森〉は開かれているのです。大木のウロの中に、生まれいづる種の中に、この大地の底に、獣の瞳の中に、わたくしたちの『意志』の力の中に……」
「だから貴女は雄たちを狂わせる。『なり損ない』は神が墜ちた姿でもある」
「けれど〈千年森〉の主、あなたご自身もとうに墜ちかかっておられる」
「……」
「その仔を受け入れた時点で、あなたは墜ちてしまわれたのです」
「……」
「ですからその仔はわたくしにお返しなさい。あなたご自身の身を滅ぼしますよ」
「……」
「その仔はわたくしの産んだ仔どもです。『なり損ない』の仔なのですよ。わたくしは予言します。いつしかその仔があなたを『なり損ない』へと墜落させ得ますよ」
「雌たるおまえが雄を狂わせるのなら、雄たるこの仔は……」
「雌を狂わせます」
「……私は雌ではない」
「あなた様の自己認識を伺っているのではございません」
「……私はニンゲンだ」
「そう、神ではない。それに近い形をした『よりしろ』です」
「……さすがだな。視えたか」
「あたりまえのことです。皆、視ようとしていないだけなのです」
「……『なり損ない』とはいえ、さすがほかの凡庸なキトゥンとは違う」
「皆はそれを狂っている、と呼称します」
「それはおまえに畏怖しているからだ、美貌のキトゥン。……おまえは美しい、……『なり損ない』こそ本能の頂点、獣を支配する者。いつか、この仔も私の獣を呼び覚ますか」
「その仔はあなたを狂わせます」
「……」
「あなたにそのお覚悟がおありですか」
「……」
「それともあなたは狂ってしまわれたいのですか」
「……!」
「……これですべてがわかりました。やはりその仔は返してもらわなければ……、力尽くででも」
「これ以上近づくな」
「いいえ、いいえ、止まりません。その仔を取り返すまでは」
「この仔に傷がつく!」
「いいえ、わたくしが全力で守ります」
「私がつけるやもしれません」
「あなたはその仔を絶対に傷つけることはできない」
「……!」
「お覚悟を! 〈千年森〉の主!」

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 ああ、だけど、僕は、僕はこの人を選んだんだ。
 この人の乳房のほうを。
 だって一番最初に僕と接続してくれた乳房なんだもの。
 それが最初で最後の僕の最高の食事。
 それだけを追い求めて、僕は生きる。
 栄養のある食べ物をたくさん摂取して、初めて獲得した「生きる恍惚」を繰り返すために毎日毎日食事を採る。
『雄は胃袋でつかむものなのよ……』
 違うよ。
 雄は、胃袋なんかで捕まえられないよ。
 雄は、生きる悦びを与えてくれる存在に自ら飛び込んでいくんだ。
 雄は、生きる恍惚を唇で学ぶんだ。
 そうしてお礼をするんだ。
 生きる悦びを教えてくれた初めての雌に、命のお返しをするために、交配の旅に出るんだ……。
 記憶を封じられたまま。
 お返しを、次の世代の雌の身体の中に注ぐことで、命を繋いでいくんだ。
 だけど、僕は。
 僕は、どうしてだろうか、思い出しちゃいけないことを、思い出してしまったから。
 本当に注ぎたいのは、次世代の雌の身体の中なんかじゃなくって、僕の後ろに広がっていた、たった一匹の雌の身体の中だってことを。
 だから、一度目醒めてしまった記憶の欲求に逆らうことは、できなかったんだ。
 僕は育まない。
 僕は命の輪廻から、外れる。
 僕は僕自身の生の形をあの人と刻む。
 さようなら。
 僕を産んでくれたお母さん。
 あの人の顔に疵をつけたんだから、これでおあいこだよ。
 貴女も疵を受けるといい。
 一度あることは二度ある、っていうけれど、それは二度あることは一度目があったってことで、僕はやっぱり、こんなふうにして他人の命を突き落としながら、生きながらえていくのかもしれない。
 レフィー、泣かないで。
 あなたのせいじゃないんだよ。
 僕があなたと一緒にいたかったんだ。
 ……僕を産んでくれたあの母よりも。
 ……僕はとうの最初っから、あなたを選んでいたんだよ。
 レフィナ。


次の更新は4/1(日)を予定しております。
2018-03-15 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 20 :
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『千年相姦』五章 最後のサフラン(6/11)

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謎の美女・サフランの元で骨折した右脚を療養しているクルルー。
奇想天外なサフランの「ママキトゥン気分を体験してみたい」という申し出もあり、サフランの乳房に沈んでいくクルルー。
社会から断絶された空間でクルルーの意識は深層意識に沈んでいく……。
「千年相姦」のテーマでもある「生」と「性」のインナーワールドの開幕です。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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五章 最後のサフラン(6/11)


 乳房。
 それは……命の源。
 そうして僕がとうとう享受できなかったもの。
 永遠に喪ってしまったまま、過ぎ去っていってしまったもの。
 乳房、……授乳。
 その最初の一口を探して、ずっとずっとさまよっていた。鼻先で熱を関知して、その熱を頼りに、「熱源」を目指していった。
 けれどそれは進んでも進んでも見つからなかった。どんなに手繰り寄せようともがいても、行き着けなかった。
 閉ざされた視界の中、僕は僕の世界に命を吹き込んでくれるその存在、在りかをずっとずっと探してさまよっていた。
 聴覚はいまだ目覚めず、方向感覚をつかむこともままならなかった。鋭敏なひげと、そうして熱を受信する鼻先、つまり嗅覚だけが頼りだった。研ぎ澄まされた一点にすべてを投入して僕は命の熱源を探し当てようとした。
 けれど、見つからない……。
 闇がずっと、僕を取り巻いたまま……。
 世界を見つけることができない。
 そもそも世界が広がらない。
「スイッチ」が入らない。五感を発達させるために必要な、その最初の一口が見つからない。
 僕は世界から拒絶されているんだ……。
 僕は、命から遮断されている……。
 僕、生から切り離されようとしてる……。
 嫌だよ、寒いよ、また、あすこに戻るの。あの暗い、上か下かもわからない、奈落に。奈落というだけで完結している、あの閉じた空間に。
 ぎゅ、っと閉じられて、袋づめにされたみたくなって、僕はその中でまたさまようんだ。袋の口が開かれる日を、また何年も何百年も……、一千年も。
 ようやく、ようやく、一千年のときを経て、ようやく僕は袋の中から出てきたっていうのに、ようやく、生の世界に赴くチャンスを与えられた、っていうのに。
 始まりから、つまずいて、しまった。僕は要領が悪いのかな。いつも出口を間違えてしまうんだ。
 今回も、また……。
 もう、諦めよう。
 頑張るのは、疲れた。
 ……求めても求めても得られないものを求め続ける生なんて、嫌だ。
 こんなの、最初から、最初からこうなんだから、これから先だって、きっと……。
 それなら自分から去ってやる。
 こんな世界からなんて。
 僕を拒絶するんなら、僕から立ち去ってやる。
 だから僕は拒絶されたんじゃない。
 僕から去っていったんだ。
 これは、僕の主体的逃亡だ。
 僕の誇りをかけた死への凱旋……。
 死。
 死ぬ、んだ。
 僕。
 ……誰にも、何にも、……顧みられないまま?
 ……怖いよ。
 そんなの、嫌だよ、怖いよ、寂しいよ、……むなしいよ。
 ……寒いよ。
 心も、身体も、血も……。
 震えて、身動きが取れず、死の凱旋へ赴くことすら空恐ろしくなってくる。
 生と死の狭間で立ち尽くしている……、僕という、未分化な生き物。
 僕、ここにいるよ。
 僕、ここで一匹でたしかに息づいているのに。
 思考し、考え、たしかに一つの「意識」として今ここにあるのに。
 誰にも認めてもらえないのなら、それはいないのと一緒なんじゃないかな……。
 僕は僕自身の認識のみで生きていけるような、そんな強さはもち合わせていないんだ。
 そんな境地には行き着けない。
 そんなの、どうやったって、行き着けるわけない。
 自分だけで生きていける世界、なんて、そんなの、……まやかしだ。自分一匹だけだったら、それはもう一匹、っていわないよ。
 それは完全でそれだけで完結しているよ。
 だって僕だけなんだから。
 世界があって初めて、僕は「一匹のキトゥン」になれるんだよ。
 僕は神様になってしまったんだ。
 完全で完結していてそれだけで閉じた存在に。
 神様って、そんな、存在……。
 僕は、違うよ。
 神様になんてなりたくない。
 僕はキトゥンなんだ。
 赤い血をもつ生き物なんだ。
 緑の血をもつ生き物じゃない。
 僕はキトゥンだキトゥンだキトゥンだ!
 生命の咆哮が僕の内部から溢れ出る。
 僕はここにいるよ!
 僕はここにいる!
 誰でもいい、見つけて、僕を、僕を、僕を!
 クルルー、クルルー、クルルー、クルルー!!
 ああ、僕にこんな鳴き声が出せるなんて。
 僕、僕、まだ、捨てたもんじゃないな……。
 ずっとずっと鳴き続けてやる。
 この緑の世界を壊してやる。
 僕の赤い血の咆哮で。
 緑の世界。
 それは〈千年森〉。
 一人の神によって作られた森。
 緑の血をもつ存在を赤い血をもつ存在に塗り替えてやる。
 僕の赤い血を流し込むことで。
 だから、来い!
〈千年森〉の主!
 僕がおまえの世界を、壊してやる……!

※※※


「……元気のいい仔キトゥンだ」
 ……ざらざらする。
「元気がいいな。……ん? 乳房を探しているのか?」
 くんくん、くんくん、甘い匂いがするよ。熱源はすぐ傍にある。
「私に吸いついても無駄だぞ」
 でも、少なくとも、ここは温かい……。
「……仕様のない仔だ」
 誰にも秘密だぞ……。
 頭を押し付けられた。
 柔らかい質感に顔全体が包まれた。
 ああ、これ!
 僕、これをずっと探していたんだ!
 なんて口に馴染むんだろう。吸いついても無駄だぞ、なんていわれたけど、そんなこと全然ないよ。
「あとで代替品を与えてやろう」
 いいよ、これで。
 僕、もう満足だよ。
 もう、スイッチは入ったから。
 こんにちは。
 僕の世界が、今、始まったんだ。
 これを口に含むことで。
 僕は「生き方」を学んだ。
 口から栄養を摂取して、僕たちは生きる。
 それが生きる、って、ことなんだ。
 体の中に穴が空いているところなんて限られているんだから、生きること、……食べることは大事にしなきゃね。
 ねえ、それで、もし、いつか、お返しができるんなら、僕もあなたにいつか栄養を送り込んであげるね。
 でも、僕にはこんな柔らかい、ちょうど口に収まるような大きさの器官なんてないような気がする。
 これから僕にも生えてくるのかな。
 そのときは、あなたにも吸わせてあげるね。
 今僕がこうしてもらっているように。
 でも、吸わせてあげる、じゃなくて、もっと自分から「送り込んで」あげたいって、気がするな。
 どういう、ことなんだろう。
 受け身な感じじゃなくて、自分から積極的に与えたいんだ。
 あなたの中に。
 放ちたい……。
 生きる、という意味を。
 生きる、という根元を。
 ……生きている、証、を。
 ほかの誰でもない、あなたの中に……。
〈千年森〉の主、あなたに……。
「今しばらくの間、森の成長が停滞するのも一興だろう。おまえの旅が始まるまでは……」
 僕の、旅が、始まるまでは……。

 あなたの旅が 始まるまでは
 せめて
 せめて
 ……せめて

 子守唄が聴こえる。
〈千年森〉の主が、母になった。
〈千年森〉が、束の間の休息に入る……。


次の更新は3/15(木)を予定しております。

2018-03-05 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 14 :
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《給餌》

毎月発表すると標榜した掌編第二弾は、耽美系SFとでもいうべき謎の医療機関を舞台にしたお話です。
これは、わたしがぼんやり妄想していたものの一つで、いつか長編で書けたらなぁ、と思っているお話です。
注目していただきたいのは題名にもなっている《給餌》という単語です。
「《給餌》(かっこあり)」と「給餌(かっこなし)」と
書き分けされているところにご注目ください。《給餌》というのは、一体なんなのか。そこはかとなく淫靡な匂いを感じ取っていただけたら成功です。
語り手は新人研修生のかいという青年。(22〜3歳位を想定しています)
まだまだ妄想の域を出ないので、いろいろ詰めが甘いんですが、雰囲気だけでもお楽しみいただけると幸いです。
それでは、どうぞ。


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イラスト/櫂/デジタル
 
「検体F−52208102の《給餌》に入る。ああ、かい、君は検査に入ってくれたまえ。指示は妻……失礼、ヴァネッサに仰いで。私は作業に入る」
 白衣がひるがえり完璧な弧を描く。
 と思ったときには、扉は僕を拒絶するように遮断された後だった。
 上部に備え付けられたランプが緑から赤に点灯する。
 《給餌》に入ると、セラート医師は当分この部屋から出てこなくなる。これからヴァネッサ女史と二人きりになれるのだと思うと、頬が緩んだ。
 僕はしばし陶然となりながらその壁とほとんど一体化している扉の前で立ち尽くしていたが、両頬をぱしんと叩くと踵を返した。

※※※

 果たして持ち場に向かうと、僕のもう一人の「教育係」であるところのヴァネッサ女史が、皮肉な面持ちで待ち構えていた。太腿と解け合ったタイトスカートからは、すらりとした脚が伸びている。
「あの人、《給餌》に入ったんですって?」
 鼻腔を貫く強烈な香気に、身体がかっと熱くなる。ヴァネッサ女史のきれいに巻かれた髪が頬に触れる。「あなた、《給餌》見たことある?」
 ほとんど吐息のように、ヴァネッサ女史が給餌、と僕の耳に吹き掛ける。セラート医師と同じ独特の発音。肩に添えられた左手の薬指には金色の指輪。ヴァネッサ女史の薬指にはあって、セラート医師の薬指にはないもの。
「給餌っていい方はどうなんですか。そりゃ、検体に必要以上に入れ込むのはどうかと思うけど、そういうのは非人道的だと」
 彼女を前にすると僕は自分がことさら朴訥な口調になることに気付いていたけれど、僕はそれを改めるばかりか、悪のりするようにさらに彼女を上目遣いで見遣る。彼女が激昂するであろう、ある一言を効果的に演出するために。「F−52208102っていう呼称だってそうだ、彼女はとってもかわいらしい少女なのに」
「臓器培養体よ!」
 いいぞ。
 ぴしゃりと打ち付けるようにいい方に、皮膚がぞわぞわっ、とあわ立つのが分かった。
 僕は「だからそういういい方はどうかと」などとたしなめがら、彼女のその実下がり気味の口角などを観察している。だらしない唇とは裏腹に、嫉妬に燃え上がった横顔は鋭利なナイフのようだ。だが全体として、彼女の肉は重力に逆らい切れていないような印象を与える。
 セラート医師やF−52208102にはない腐敗臭が彼女からはする。
 セラート医師のことは尊敬しているが、僕は彼といると、時々自分が無菌室にいるような錯覚にとらわれることがある。
 指輪一つ取ってもアシンメトリーを描いている彼等夫婦は、精神のありようにおいても、無菌と腐敗という非相似性を描いているのだった。
「だけど、奇妙ですよね。給餌っていうからには栄養を与えるわけでしょう。けれどあの部屋には生命維持装置のチューブが備え付けられてあるだけで、F−52208102の鼻にも胃にもチューブが繋がれているような形跡はない。まさか口から摂取するわけでもなし、意識がないんだから。一体セラート先生はどんな方法でもって給餌なさっているんだろう」
「経口食よ」
「え?」
 投げやりな断定口調に思わず僕は疑問符を投げ掛けていた。「え」の形に開いた僕の口が閉じ切らぬうちに、彼女は素早くいい継ぐ。「F−52208102はお口でごくごく飲んでるの」
 見てきたようにいう。
 彼女にしては子ども染みたいい方で、露悪的な響きもある。
「……貴女はF−52208102の給餌に参加したことがあるんですか」
 多くの医療施設がそうであるようにこの医局ご多分に漏れず不透明で、給餌は担当医以外誰もその全容を知らない、という異様な現実がある。M−30014991には何某なにがしの医師が、F−72051681にはそれがしの医師が、というふうに、給餌の担当医はかたくななまでに固定されている。それに拍車をかけるように、給餌は必ず密室で執り行われる。
 畢竟ひっきょう、給餌は、担当医以外誰もその全容をうかがい知ることができない。
 彼女の発言は、その絶対のルールに「隙」があることを示すものだった。
 僕のそうした疑問が顔に表れ出ていたのだろう、ふいに彼女が肩の力を抜いて笑った。
「わたしが《給餌》できるわけないじゃない」
 どこか諦念すら感じさせる、萎んだ風船のような表情。
 だが次の瞬間には、彼女はいつもの調子を取り戻していた。
「ねぇ、人間の身体には幾つ穴があると思う」
 ヴァネッサ女史の両腕が僕の首に巻き付く。
 彼女一流の戯れだということは分かっていたが、彼女の豊満な乳房が僕の身体で潰れる感触は嫌いじゃなかったので、僕はいつも通り彼女の余興に付き合うことにした。
 これは不貞じゃない、不貞じゃないぞといい聞かせながら。
「そうですね、まず眼窩」
「それから?」
「耳」
 彼女がくすぐったそうに身をよじる。僕が彼女の耳朶に唇を寄せたからだ。
「鼻」
 彼女の小鼻は、脂ぎっていた。よく見ると黒ずんだ毛穴がぽつぽつと浮かび、化粧でもごまかしきれない加齢がそこかしこからにじみ出ている。
 いいぞ、いいぞ。
 何しろ僕はあの無菌男と毎日一緒にいるのだ。
 そうして顔に開いた最後の穴、すなわち唇に到達した僕たちは、当然のように唇を合わせた。
 小鳥のついばみのようなキス。
 不貞じゃない、不貞じゃない。
 しかし手のひらは汗でびっしょりだった。
 いつもならここでゲームは終了のはずなのだが、ふいに彼女が僕の内心を見透かすようにいった。
「今日は下の穴も試してみようよ」
 僕はさぞ間の抜けた顔を晒していたことだろう。
 僕は彼女の「下の穴」発言に、不覚にもつまずいてしまったのだった。
「えーと、首から下ってことですかね」
 僕はまたぞろ朴訥な青年に舞い戻る。
 そうすることで彼女の追随から逃れられるわけでもないのに。
 必死に考えを巡らせるのだが、頭に浮かぶのは打開策ではなく、見たこともないヴァネッサ女史のしなやかな身体。
 無菌男に刺されたらたまったものではないぞ。
 とそこまで考えて、あの潔癖な医師は、たとい妻が他の男と寝ても眉一つ動かさないのだろうと思った。
 そうすると狼狽するのも急にばかばかしく思えて、ゲームの続きに興じる気になった。
「ぱっと思い付く限りでは、へそですかね」
「生まれ立ての赤ちゃんと母体が繋がるところだわ」
 ヴァネッサ女史の爪が僕の白衣に食い込む。
 真紅に染められたきれいな爪。
 彼女はどうして爪を整えるのだろう。
 何のために?
 ……誰のために?
「赤ちゃん」という語句が、僕に絡み付くようだった。
 それこそへその緒のように。
「次の穴は……」
 突如ヴァネッサ女史が口ごもり、うつむいた。
 彼女と無菌男は性交渉がないのではないだろうか。
 水の波紋のように突如真実が広がる。
 眼下には彼女の意外にかわいらしいつむじ。
 このいとけないつむじを見ていると、僕は僕がこれまで目を逸らし続けてきた彼女の心にとっ捕まってしまうような気がする。
 寂しさをたたえた彼女の沼に取り込まれてしまうような気がする。
「……それが、《給餌》の正体」
「……何?」
 答える気など到底ないというように、彼女が疲れきった口調でぽつりといい捨てた。
「あんたには《口径》がある、あの人にもある、そういうことよ」
 てきぱきと、彼女が指示を口に出す。
 僕は呆然とした思いで、スイッチが切り替わったように機敏に動く彼女を、風景を見るように眺めていた。

※※※

 僕は頃合いを見計らうと、適当にいい繕って持ち場を後にした。ヴァネッサ女史は僕の目的を知ってか知らずか、中座する僕を引き止めるでなく案外あっさり解放してくれた。
「開けてっ、開けてくださいっ、セラート先生!!」
 開くはずはないと分かっていて僕は扉を殴打する。その背景にほとんど埋没している扉を。
 予想に反して扉はあっさり開いた。
 セラート医師がそこにたたずんでいた。
「ああ、君……」
 セラート医師がいつもの様子で僕の目をのぞき込む。
 セラート医師は僕の呼びかけに応じて扉を開いたわけではなく、《給餌》をちょうど終えたところのようだった。
 セラート医師の肩越し、検体F−52208102の仰臥するベッドが見える。薄く盛り上がった掛布が、彼女の線の細さを物語っていた。
 シーツはしわ一つなく整っている。
 《給餌》の名残を探している自分に気付いて嫌気が差す。
 そんなことあるわけないのに。
 僕はヴァネッサ女史の悋気の炎に当てられただけなのだ。
 きっとそうなのだ。
 セラート医師は別段中の様子を隠すふうでもなく、落ち着いた仕草でパネルのボタンを操作する。やがて扉は再び壁と一体化し、僕たち二人は廊下に閉め出された。
 僕は唇を舐め、意を決して口を開いた。
「……F−52208102の《給餌》はどうでしたか」
「お口でごくごく飲んでたよ」
 ぎょっとする僕をよそに、セラート医師が僕をちらと見た。
「……と妻ならいうだろうね」
 自分の妻が目の前の男と犯している放蕩ほうとうに気付いているのだろうか、僕はぞっとしない思いだった。セラート医師の笑みはほとんど腹立たしいといっていいほど完璧で、その唇は妻とは対照的に平行に引き結ばれている。
 この男の心は鉄壁の無菌である。
『次の穴は……』
 ヴァネッサ女史の声がよみがえる。
 僕は彼女の情念を振り払うように、医師の後ろに続いた。
(2018年1月 書き下ろし)
2018-02-25 : ■掌編/短編 : コメント : 16 :
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レベル86

「すぎやまこういち、レベル86です」
といって挨拶されたのは、まさかのご本人登場で騒然となったドラゴンクエストコンサートでの出来事でした。

さる2月17日の土曜日にドラゴンクエストコンサートに行って参りました。
まさかのご本人ご登場で会場は一時騒然となりました。突然客席から立ち上がられるんですもの、びっくりしましたよ。

『ドラゴンクエスト』シリーズは、いわずと知れた国民的RPGの大家ですが、今回演奏されたのはいわゆる「天空シリーズ」と呼ばれる「Ⅳ・Ⅴ・Ⅵ」の12曲。
ただ、「ドラクエ」の音楽の素晴らしさはわたしが話すまでもなく皆さんご存知だと思うので、今回は割愛しますね。

生すぎやま先生を拝見して思ったのは……
ユーモアがあってエネルギー溢れる方だということ。
この方の頭の中からあの壮大な音楽の数々が生み出されたんだ……と思うと胸が熱くなりました。
最初はすぎやま先生の頭の中だけにあった「非現実(音楽)」が、外に発信されることによって現実のものとして今こうしてみんなに共有されてる訳ですよね。
創作って頭の中にあるうちは個人の妄想で終わっちゃうけど、外に出してみんなに認められ愛されることでもう一つの「リアル(現実)」になるのかなと思いました。

すぎやま先生とはスケールクオリティもまったく違いますが、わたしも「千年相姦」や「侵蝕恋愛」を皆さんに読んでいただくことによって、初めて命を吹き込んでもらってるような、そんな気がしています。
もちろん、評価を得るために創作をしている訳ではないし、わたしの創作の動機も元を正せば自分のためにある訳ですが、やっぱり創作物って人に見ていただくことで初めて次のステージに進める気がするのです。
自分の心の中だけにあったものがみんなと共有されることで社会性を帯びるっていうのかな、その中にはもちろん批判や非難といった厳しい現実も含まれますが……、そうしたことも含めて、外に出すことで初めて自分の子どもたち(創作物)が、親の手を離れ自立するような気がするのです。

「レベル86」(もちろん御年のことですね)のすぎやま先生のその二分の一のレベルにも達していないわたし。
最近歳のせいか、もう自分に成長の余地なんかないんだと何かと年齢を言い訳にすることが増えたのですが、そんなわたしでも、町をうろつくモブキャラとして横にレベルアップしていくことは可能なんですよね。縦に伸びるのは至難の業ですが、横に伸びることならなんとかできそうな気もします。勇者に転職することは不可能でも、町人としておばあちゃんになるまで創作道を全うしていけたらなあと、コンサートの帰りしな思うのでした。



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2018-02-20 : ■ご挨拶/連絡事項/雑感 : コメント : 8 :
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『千年相姦』五章 最後のサフラン(5/11)

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謎の美女・サフランの元で骨折した右脚を療養しているクルルー。前回は「殿方、私の締め付けに耐えられなくってよ♥」なサフランのスネークバイス(たらこさん命名)の餌食になったりと散々なクルルーでしたが、なんだかんだ彼にとってこの療養生活は心地いいもののようです。
この療養生活の中で彼の意識はどんどん深層世界にもぐっていきます。
クルルーはなぜ「乳房」にこうも拘泥するのか。
それが本格的に開示されるのは次回からですが、彼のインナーワールドの開幕をお楽しみください。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
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クルルー(17歳)サフラン(?)


五章 最後のサフラン(5/11)


 乳房。
 乳房が目の前に垂れている。
「はい、口を開けてくださいな、クルルー」
「ちょっ……、上半身は動くんだから、自分で食べるよ」
「でも、……」
「サフラン、その匙を僕に渡して。僕、自分で食べるよ」
「……」
 いっていた通り、サフランは「軽い」朝食を作って僕の元にまで運んできてくれた。野菜屑すらほとんど入っていない、見た目にも水のような薄いスープだった。仮にも病に臥せっている僕を気遣った結果だったのか、元からの暮らしぶりがそうさせていたのか、判別はつかなかった。それは数日前に森の中でみたあの雄たちの「数」に比例すると、あまりに質素なもののように思われた。
 もしかすると食に興味が薄いのかもしれない。それなら僕も一緒だ。彼女にはこちらのほうがしっくりくる。
「サフラン?」
 珍しく考えあぐねるような様子のサフランに、二度問いかける。
「でも、わたくし、ママキトゥン気分を体験してみたいのです」
「え……」
 予想だにしない言葉だった。
「クルルー、貴方、わたくしの仔キトゥンっていっても通用しそうな若者ですもの。ですから、ママキトゥン気分を味わうなら、今しか機会がないように思えるの」
「はあ……」
 いや、それは完全にそっちの都合だろう、と思った。ママキトゥン気分も何も、僕は十七歳で……。
 内心でいいかけて、自嘲する。
 ──そんなこと、ないか。
 チコに「あんなこと」をお願いしていたこの身だ。こんなことをいえる筋合いはないだろう。
「じゃあ、はい、あーん」
 僕は観念して口を開いた。
「まあ!」
 サフランが目を輝かせる。その、琥珀色とも翠色ともいえない、揺らぎを併せもった美しい虹彩の色した瞳を。
「ママキトゥンになってもいいのかしら!」
「ママキトゥンっていうか、とりあえず、その、匙を、……」
 運んで……、と僕はいい澱む。
 僕は口を開けさせれたまま放置されていたのだった。
「まあ、それじゃ失礼してよ。はい、あーん」
「あーん」
 といって、いい年をした者同士でとっさに疑似親子を演じきる。
 参ったな。
 交配時以外に、こんなことをするときがくるなんて。つまり、意識が鮮明なときに。交配のときみたく、意識を強制的に混濁させた「隙」に乗じるのと違って。
「うふふ、クルルー。わたくし、初めてママキトゥンになれました」
「……そう」
 初めて、という言葉に胸が軋んだ。
『あらわたくし、仔キトゥンが産めない体質ですの』
 数日前のサフランの言葉がよみがえった。次いでコロンのママの姿が浮かび、次いでなぜか森色の襤褸が浮かんだ。
「はい、またあーんですよ、クルルー」
「はい、あーん」
 端から見たら気持ちの悪い光景だったに違いない。実際自分自身、萎えている自分がどこかにいたのだから。
 けれどサフランの真剣な喜びに満ちた眼差しの前では、どうしてもいえないのだった。こんな馬鹿なことは止めようなどといった通説的な言葉はとても。サフランにとっては馬鹿なことでも非常識なことでもはたまた倒錯趣味からやっていることでもないのだ。彼女は純粋に、ママキトゥン気分に浸りたくて、僕を相手にママ気分を味わっているだけなのだ。
 サフランが「あーん」と匙を僕の口元に運ぶたびに、サフランの豊かな乳房も見え隠れする。僕はそれとなく目を逸らすように努力しながらも、どうしても目前に迫る量感に無視することが叶わない。沸き上がる昂りを、食欲で代替させる。そもそも主導権を握っている雌たるサフランが発情していない。雄は雌が発情するまでは施しようがないのだ。まったく、不都合なものだと思う。こと交配に関して、キトゥンは完全に雌にその全権を譲渡せざるを得なくなる。
 サフランは、見慣れない型をした衣服をいつも身にまとっているようなキトゥンだった。一枚布でできた衣服を、腰元辺り無造作に留めている。そして金属製の髪飾りのようなものをいつも髪に挿している。「顧客」の一匹がいつしかサフランに、一式贈ったものなのだという。
 サフランは衣食住のすべてを雄たちに依存して生きていた。僕たち雄が交配の主導権を完全に雌に握られているのと、それはちょうど真逆の相を示していた。だからこそ彼女はうまくやれていたのかもしれない。それは互いの依存と依存の上に成り立っていた完全な均衡だったのだ。
 襟の開いた独特の衣服から覗くサフランの乳房は、閉じた百合を思わせた。多くの雌キトゥンたちが開くことで円みを主張する花弁の乳房なのだとしたら、彼女のそれは閉じて突き出すことで異彩を放つ蕾の乳房だった。
 それは、娘キトゥンたちでは決してもち得ない猥りがましさだった。娘キトゥンたちから感じる、からりとした魅惑をサフランのそれからはまったく感じなかった。サフランのそれは、水にたゆたうしっとりとした淫靡だった。そうしてサフランの乳房は水気を含んでいる分、流動性に富んでいた。そうしてそれは一度や二度の交配では全容をつかみきれるものでもなかった。
 そうやってその異彩に魅せられるように集まってきたのが、数日前に森で見たあの有象無象の雄共だったのだろう。僕も間接的にその一員に加わっているのだと思うと、少しだけ萎えた。サフランは僕が伏せっている真横で毎夜、「顧客」と交わっていたので、なんともいえず不快な気持ちがせり上がってきたのである。この雌の隘路を、僕も「共有」したのだ。
 けれど数多の数の雄たちも、今の僕が体験しているような「仔キトゥン」の代用にされたことはないだろう。サフランの顧客は比較的年を重ねた大人キトゥンが多かったから。僕のようなあからさまな若輩者はサフランにしてみれば斬新だったのかもしれない。それでここぞとばかりに、ママキトゥン気分を味わってみたいなどと思ってしまったのかもしれない。
 それに彼女は真実、それらを体験したことがないのだ。
 それなら僕は与えてやってもいいと思う。さまつなことだった。彼女の「もてざるモノ」に比べたら、それくらいのことは。
 それに僕だって……。
「うふふ、クルルー、おっぱいを吸いたいの?」
「えぇ!?」
 おっぱい、という語句もそうなら、その先に続けられたせりふも耳を疑うようなものだった。「だって、先ほどから物欲しそうな目をしていらっしゃる」
「……」
 嘘だろ、と思った。
 僕はそんな目をして、この雌の乳房を見上げていたのか。それほど凝視して? 気をつけているつもりではあったのに。
 けれど彼女はどこまでいっても独自の法則で生きているような雌だった。「だってそうでしょう。赤ちゃんキトゥンはおっぱいが栄養源なんですもの」「……」
 これも、彼女の「ママキトゥンごっこ」の一環なのだった。
 どうしよう。
 便乗、してみようかな。
 まさか、こんな形で。
 ……雌のほうから、いいだすときがくるなんて。
 それだったら……。
「サフランの好きにしてください」
「本当にいいのかしら?」
 こんなときだけ確認を取ってくる。それも含めて、僕は貴女に委ねたいのに。……矜持が許さない、だなんて、この雌にはきっと思い至りもしないのだろうな……。
 サフランが僕の唇に、待ち望んだ乳房を垂れ流してくる。
「はい、授乳の時間よ」
「はあ……」
 言葉とは裏腹に、僕の唇は期待に震えていた。僕はサフランの乳房に噛み付くように吸い付く。
 チコにずっと秘密裏に「お願い」していたこと。
 それも、……あの人の名を呼びながら。
 ぴちゃ、ぴちゃ、という、雨音にも似た音が部屋中に響き渡る。それともそれは、いまだ降りしきる雨の音だったのか。
 雨期は過ぎたはずなのに、外の雨は降り止む気配がない。
「わたくしの赤ちゃんキトゥン、お味はどう?」
「……まあ、それなりに……」
 曖昧な返事でごまかしながらも、その実甘美な痺れに酔い痴れていた。
 美味で堪らなかった。
 頭が芯からじんと痺れるような、うっとりとするような味がそこからはした。
 そこからは何もこぼれ出ていなかったにも拘らず。
 僕は心の中だけであの人の名を呼ぶ。
 レフィー……。
 いつか、あなたにも、こうやって……。
 意識が、剥離してくる。
 耳を塞ぎたくなるような湿った音が暗い部屋を浸す。森のすべてから遮断されたサフランの棲処で、僕は大義名分を手に入れたのだった。
 自らの矜持を挫くことなく僕の願いを叶えてくれる乳房を。


次の更新は3/1(木)を予定しております。
2018-02-15 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 18 :
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オリジナル小説書きさんへバトン

「scribo ergo sum」の八少女 夕さんに小説家バトンもらってきました!(昨年)
せっかくご快諾いただいていたのに、バトンするする詐欺みたいにすっかり遅くなってしまいましてすみません、夕さん!
それでは、どうぞ!

オリジナル小説書きさんへバトン

Q1 小説を書き始めてどのくらいですか?
A1 散文を書き散らかしてたころも含めると六〜七年ですかね。
Q2 処女作はどんなお話でしたか?
A2 以前ブログで連載していた「孤児院日誌」、人間のぎりぎりの自立を問う話でした。(そんな話だったんか……)
Q3 どんなジャンルが書きやすいですか?
A3 ファンタジー。
Q4 小説を書く時に気をつけていることは?
A4 癖のないわかりやすい文章を書くこと。 今の「千年相姦」は、テコ入れする前の文なので癖がありますね。
Q5 更新のペースはどのくらいですか?
A5 今年に入って掌編発表も加わるようになったので月三ですね。
Q6 小説のアイデアはどんな時に浮かびますか?
A6 常に妄想フル回転です。
Q7 長編派ですか? 短編派ですか?
A7 長編。でもシリーズものは二度と書きたくないです@侵蝕恋愛
Q8 小説を書く時に使うものはなんですか?
A8 ポメラ。最近はノートパソコンもよく使いますね。
Q9 執筆中、音楽は聞きますか?
A9 聞きませんが、家が海の近くなので波の音がBGMです。
Q10 自分の書いた小説で気に入っているフレーズを教えてください。
A10 まだまだです。描写が弱いのでそこを克服したいですね。
Q11 スランプの時はどうしてますか?
A11 最近、掌編や短編を手掛けるのは頭の切り替えにとても有用であることに気付きました。
Q12 小説を書く時のこだわりはありますか?
A12 わたしの作品は描写ではなく筋で魅せるものだと思ってるので、あまり地の文の描写を凝らないことですかね。内容が頭に入ってこなくなるので。
Q13 好きな作家さん&影響を受けた作家さんはどなたですか?
A13 影響を受けたのは長野まゆみさん。好きな作家さんは桐野夏生さんとか東野圭吾さんみたいな硬質な文体の方ですね。
Q14 感想、誤字脱字報告、批評……もらえると嬉しい?
A14 誤字脱字報告助かります!
Q15 最後に。あなたにとって「書くこと」はなんですか?
A15 精神安定剤です。

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2018-02-05 : ■ご挨拶/連絡事項/雑感 : コメント : 22 :
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『千年相姦』五章 最後のサフラン(4/11)

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見知らぬ森で落雷に巻き込まれ右足を骨折してしまったクルルーは、サフランの機転もあり二匹の雄たちによってサフランの家に担ぎ込まれます。しかし目の前では、雄二匹とサフランがまぐわうという常規を逸した光景が。
その魔手(?)はクルルーにも……?
クルルーはどうやら彼女の乳房に意識を奪われているようです。これは今後の大きな伏線になりますので、なんとなく頭の片隅に置いてもらえると嬉しいです。
それでは、どうぞ。


【今回登場する登場人物】
170824_3.jpg
クルルー(17歳)サフラン(?)


五章 最後のサフラン(4/11)


「ぁ……ん」
 僕は視線だけで、果てた姿のまま身じろぎもせず横たわる雌を見遣った。
 雄たちは交配後すぐに去っていった。
 残された雌の脚の間に、雄たちがたしかにここにいたという証が残っていた。
 ……無体な。
 僕は自分のことを棚に上げてその光景に眉を顰める。雌はなおも脚を開いたまま、上半身をひねったり、頭を緩慢な仕草で左右に振ったりしている。
 辛いのだろうか。
 何か声をかけてやりたいような気もするけれど、身体が重い。
「いや……ですわ、まだ、わたくし、足りないのに、お恵み、が……」
 その雌が僕を捕える気配があった。
 瞬時に戦慄が全身を貫いた。
「黒トラ、さん、貴方を、わたくしに、下さい、な……」
 見知らぬ雄たちの体液を滴らせながら、その雌が僕に跨がってくる。
 待てよ、ちょっと待て!
 雄たちの証なのかこの雌の標なのか定かではない体液が、僕の下腹部を濡らす感触があった。けれど情けないことに、僕の雄の身体はこんな状況にも拘らず、雌を貫くべくして待ち構えていたのである。
「ッ……!」
 貫くような快楽が下腹部から背中を突き抜けていった。
 味わったことのない感触に、身体が勝手に歓喜する。
 狭隘なのに、僕を包み込む柔らかさもある。僕を誘導するときはだらしなさすら感じさせるほど緩やかなのに、行き止まりに辿り着いた途端、僕を内部から締め上げる。
「……うっ、くっ、はっ、……っ」
 惨めなほど、それはすぐに訪れた。
 僕は瞬きする間もないほどあっという間に、雌の内部にすべてを搾取されていたのだった。
「ああ……、まだ、もっと」
 感じ入るように僕を一頻り味わった後、引き抜きざま、再び腰を落とす。
 その圧に僕の雄は再び昂る。
 いつしか〈千年森〉で見た光景を思い出した。
 蛇が大木を占拠するように巻き付いていたあの姿。みしみしと音を立てて、いつしかその大木は倒れてしまうのはないのだろうか。そんなことを思った。
 この、雌……。
 僕は薄目を開けて初対面のこの雌を見上げる。乳房が気侭に跳ねている。息づく頂きが、僕を翻弄するように上下に、左右に、軽やかに揺れている。
 腰を不規則にうごめかしながら、規則正しく上下に律動することも忘れない。
「ああっ、ああっ、よくってよ、よくってよっ、ああっ、ああっ……」
 恍惚。
 恍惚を、こんなに惜しみなく表現する雌を、僕は見たことがなかった。
 この雌は交配することに特化された身体に、精神まできっと侵されていったに違いない。
 この雌はそのすべてが雄にとって都合のいい存在としてそこに在った。
 そうしてどんな仕打ちを受けようとどんな交配を数多の雄と交わそうと、それらを引きずることは一切ない。
 ただ、目の前の快楽をそのときそのときで全力でむさぼる。
 時間の概念が欠落しているようでもあった。
 過去も未来ももち合わせていないこの雌は、今この瞬間だけがすべてで、そうして切り取った刹那を繋ぎ合わせながらここまでやってきたのだ。
 継ぎはぎだらけの快楽を繋ぎ合わせて。
 流されているようでありながら、主体的だった。
 だから彼女はここから一歩たりとも動くことなく、離れの森の中でひっそり、そして確実に、根を張ることを可能にしたのだ。
 勝手に招き寄せられてくる雄共を苗床にして。
 僕も、苗床だな……。
 ああ、だけど。
 これは、逆らえない、逆らいたくない。
 もっと、もっと、僕を、気持ち良く、してよ……。
 憔悴しきった身体に下腹部だけが機能していた。
 切り離された悦楽を僕もまた享受する。
 揺れる乳房を見つめながら……。
 その、青い血管がうっすら浮いた、桃色がかった乳白色の乳房を……。


次の更新は2/15(木)を予定しております。

2018-02-01 : 小説・「千年相姦」 : コメント : 12 :
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coral talk

毎月発表すると標榜した掌編第一弾は、とある海の生物視点のお話です。
coral、つまり珊瑚のお話です。
珊瑚には「単体サンゴ」と「群体サンゴ」とがあるらしいのですが、このお話のサンゴは後者の「群体サンゴ」にあたります。サンゴはポリプと呼ばれる構造をもつのですが、このポリプが分裂出芽を繰り返して生じたクローンが、分離することなく集まって生活するものを「群体サンゴ」と呼びます。(Wikipediaより)
幾つもの「私」が集まってできた自我とはいかなものなのか。
ちょっと耽美で不思議で不気味なお話(を目指した)を、お楽しみください。
それでは、どうぞ。


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イラスト/coral/水彩(スパッタリング・吹き流し・コラージュ)
 
 ひらひらと目の前を、色鮮やかな着物まとった魚が横切ります。魚の袖が頬をくすぐる感触に、私は身震いします。
 私は幾重にも分かたれた私の硬質な身体を伸ばし、海水が身体を撫でる感触に身を委ねます。
 え、私というのはどの私のことなのかって?
 そんなのどうだっていいことじゃないですか、あなたがたは本当に個というものにとらわれておいでなのですね。
 まるで人間のよう。
 彼らは私たちにとって最も理解しがたいものの一つです。
 今私は私のことを「私たち」といいましたね。
 私は私という個であると同時に個を包括した全体でもあるのです。
 難しいですって?
 ですからそんなことはどうでもいいのですよ。
 そんなさまつなことは。
 ところであなたどなた?
 それすらもどうでもいいことですわね。
 ほほほ。
 人間といえば、あなた知っていて。
 人魚姫!
 ついこの間──といってもそれは「ある私」にとってははるか昔のことでもあるのだけれど──とうとう禁を破って人間の男に会いに行ったのですって。
 あの美しい声と尾鰭を代償に。
 私は何度もやめなさいっていったのよ、あんな危ない魔女の作った薬に手を出すのなんて。でもあの娘ったら、頑として聞かなくって。まったく、かわいい顔して頑固なんだから。
 おかげで彼女ったらヤク中になっちゃって、最後は訳分かんなくなっちゃって、海の藻屑となって消えちゃった。
 文字通り、海のエキスとなって溶けちゃった。
 どろっどろ。
 あの娘も私たちの仲間になりたかったのかしらねぇ。
 ねえあなた。
 おほほ。
 え、ヤク中っていい方はないんじゃないかって?
 じゃあジャンキー?
 もっとひどいって?
 分からないわね、だって恋っておおむねそんなものじゃない。
 人魚姫もイルカの群れも川と海を行き来する鮭の大群も砂をまき散らしながら突進するウミヘビたちも命をつなぐため毎度毎度へこへこへこへこ、必死こいてがん首そろえてる姿をジャンキーといわずしてなんというのよ。
 私たちのように優雅に振る舞えないのかしら。
 え、私は優雅という言葉から一番遠いですって?
 ジャンキーなんて言葉を平然といい放てる生き物が優雅なはずないって?
 まぁっ、失礼しちゃう!
 怒りのあまり薄紅色の可憐な身体がゆでだこになってしまうわ。
 あ、蛸はいらっしゃらない?
 あの方、自分が人間に捕まってゆだってしまうのがなによりの恐怖なのよ。
 私がこんなこといってるってばれたら、墨でお顔が真っ黒になっちゃう。
 そうよ、人間に目をつけられたら、蛸も私も終わりなんだから、あなた、言葉には気を付けてちょうだいな。
 お願いよ。
 ひっそりと息を潜めて生きてる意味がなくなっちゃう。
 私がどれほどの時を生きてきたのか──。
 もう定かではない。
 何しろこっちの私は数千年前に生まれたと主張するし、あっちの私は昨日誕生したなんてまことしやかにささやくのよ。そんな私にとって時間なんてものはてんで当てにならなくて、つまり、うろんなもの。
 個もそうだと思うのよ、うろんであいまいで中心は空洞なのに、みんなさもそこに何か大事なものがあるとでもいわんばかりに、意味を付与したがるのね。人魚姫は、空っぽの宝箱を無理やりこじ開けた先にあるのは希望じゃなくて絶望なんだってことに気付いてしまって、ビョーキをこじらせてしまったのよ。
 え、じゃあなんていえばいいのよ。
 ジャンキーていうよりはよほどいいじゃない。おまけに詩的ですらある。
 ああ、私、生まれ変わったら詩人になろうかしら。
 なんて冗談。
 生まれ変わるのなんてまっぴらよ。
 私は私が私であるために必要な、このいくつもの私で構成された身体を捨てたくない──。
 いつまでもこの桃色の牙城を海の底に張っていたい──。
 人魚姫もバカ王子も、バカ王子を助けたのは自分だと騙ったあばずれも──だからごめんなさいってば、人間たちの野卑な言葉が船底を伝って聞こえてくるのよ──、個なんてものにすがりつかず三人でくっついちゃえばよかったのに。そうしたら王子はどっちの女も手に入れられるわけだし、人魚姫は愛を成就できるわけだし、あばずれは目障りだけれど──そこはほら、個というものに目をつぶって三人で『お愉しみ』すればいいわけだから──誰もかれもが幸せになれると思うんだけれど、私、間違っているかしら。
 え、もうこれ以上私と話していたくないですって?
 気分が悪い?
 ちょっとお待ちなさいな、あなたはしばらくぶりのお客様なのに。
 ……。
 ええ、そう、そうね。
 私たちでお話しすればいいいわね。
 私としたことがつい、振り乱しちゃって。
 みっともないわ。
 久しぶりにあっちの私とお話ししてみようかしら。
 それとも生まれたばかりの私と?
 楽しいわね。
 これ以上ないくらい充足してるわね。
 けれど、どうしてかしら。
 私、今、立ち去ったばかりのあの方のことを、猛烈に「自分以外のもの」と意識している。
 それってつまり──。
 ああ、やめ、やめ。
 こんなことを考えるのは「私」らしくないわ。
 こんな「私」はさっさと破棄、破棄。
 ポキッ!
 さあ、新しい私、こんにちは!
 ところで、視界の先にぷかぷか浮かぶ桃色の枝、あれはいったい『どなた』かしら。
 ねぇ、『あなた』?
 おほほほほ!
(2018年1月 書き下ろし)
2018-01-25 : ■掌編/短編 : コメント : 20 :
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大エルミタージュ美術館展行ってきました

180106_1.jpg
図録購入時におまけで頂いたポストーカードをスキャンしたもの。
一番好きな《鳥のコンサート》を引き当てることができました。

PIYOにも書いたのですが、さる14日に「大エルミタージュ美術館展」に行ってきました。
最終日となる14日は多くの人が来展され、同展に対する皆さんの関心の高さがうかがえました。

さて、「エルミタージュ美術館」というのは、ロシアに拠を置く世界三大美術館の一つらしいのですが、その中から特に選りすぐりの絵画85点が一堂に会したのが同展です。「オールドマスター」と呼ばれる、16世紀ルネサンス、17・18世紀バロック、ロココの時代の絵画群の競演です。クラーナハ、レンブラント、ルーベンスといえば、なんとなくどんな絵か想像していただけるかと思います。(ルーベンスは、『フランダースの犬』でもネロが憧れの画家として挙げてましたね)

のっけからこんなことを書くのはあれなんですが、実は最初、これ全部印刷なんじゃないかと思ったんですよ。素人ですのでついつい、ひび割れたキャンバスとかゴッホみたく厚塗りの画面を想像するわけです。
でもそこに飾られてる絵は、ニスを塗ったみたいに表面がきれいだったんです。学芸員さんに尋ねたんですが、もちろん本物とのこと。当然ですよね。ただ、学芸員さんも、お詳しいことはあまりご存知ない様子でした。修復技術が〜というようなことを仰られていたので、彩洋さんのところの竹流氏にぜひご解説願いたいと思いました。

そんなこんなで見て回りながら思ったのは「青・赤・緑の表現がきれい!」ということ。もうね、印刷と全然違うんですよ。これは、原画を前にしないと中々分からない感覚だと思います。やっぱり絵の真髄は原画に宿る! って思いましたね。
図録をめくって思うのですけれど、やっぱり印刷になると感動が落ちます。
こういう図録を手元に置くのは、却ってそのときの感動に上書き保存してしまうように思えるので、善し悪しですね。それでもやっぱり買ってしまうんですけど。

最後に、図録とミニ複製原画とポストカード一枚とポストカードフレームを買って帰りました。
クラーナハの『林檎の木の下の聖母子』の複製原画を家に飾って、悦に浸るわたしなのでした。

皆さんも機会があればぜひ美術館に足を運んでみてはいかがでしょう。
2018-01-20 : ■ご挨拶/連絡事項/雑感 : コメント : 12 :
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Author:canaria

オリジナルの世界観を絵や物語(小説)で表現しております。 千年相姦/ブログにて毎月1日と15日に連載中。 侵蝕恋愛/BOOTHにて随時刊行中。 空の終焉/未発表作品。

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