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new_01_red.gif①pixivBOOTHにて「fourteen years old 侵蝕恋愛 side storyⅠ」ダウンロード頒布開始いたしました。②pixivBOOTHにて「侵蝕恋愛Ⅴ 歴史の花冠」ダウンロード頒布開始いたしました。
③ご用のある方はこちらからどうぞ→mail_02_bla.gif

メルカリ出品から見えてきたもの

前回のコメ返でも少し触れさせていただいたのですが、最近メルカリを始めました。
メルカリをご存じない方のために少し説明させていただきますと、メルカリっていうのはスマホからお手軽に個人で出品、購入できるっていう今日本で大人気(?)のフリマアプリのことです。
某リサイクルショップの買い取り額があまりに安いので(一円とか)、それよりはましかと思って何気ない気持ちで始めたのですが、登録した直後に商品一点お買い上げ、その後も購入が止まらず、結局一週間で一万二千円程の利益になるという盛況ぶりです。すごくないですか!?
まあ売るブツにもよるのかもしれませんが、しかしわたしが書きたいのはそんなメルカリ体験記などではありません。
メルカリ出品から見えてきたことを書きたいのです。

フリマですから、まあ、自宅にある不要なものを出品する訳です。
で、出てくるわ出てくるわ、捨てるには忍びないんだけれどお値段が付くのであれば手放してもいいかなと思える品の数々。
つけまから始まって衣服や靴など、最初はあまり興味のないジャンルから手放していったんですが、ネタが尽きてCDや本に移行する過程で気付かされたことがありました。

あ、自分、もうこの本手放せるや、と思って驚愕した本。
それは、Coccoが特集された音楽雑誌でした。

これも、若い方はもうご存知ない方のほうが多いと思うのでご説明させていただきますと、Coccoというのはその昔小室サウンド全盛期だったころ(だったかな?)、その裏でひっそりじっとり根強い支持を得ていた女性歌手です。現在も現役で活動していらっしゃいます。

Coccoさんはどういう歌手かというと、一言でいうと日本のすべてのメンヘ◯の心を代弁していた歌手です。
というと、熱狂的なファンの方及びご本人は大激怒すると思いますが、とにかくなんていうか彼女は技術とか音楽性とかいったものを超越したところに立っていた歌手なのです。わたしは彼女を歌手というよりは、「歌」という媒体を使った憑依型の表現者、というふうに見てます。

わたしは彼女の音楽というよりは彼女の生き様に惹かれるものがあって、ずっと彼女の活動を追わせていただいてました。
Cocco特集本なんかもその過程で手にしたものです。
で、引越のたんびに「手放せないものリスト」の上位にかちこんできた十年来のバイブルを今回あっさり手放してしまったのです。

念のため出品する前に読み返してみたりもしたのですが、なんていうか内容が頭に入ってこないんですよ。
当時自分が感じていた感情とかも甦るんですけれど、それも込み込みでもう受け入れられない自分がいたというか。
昔はCoccoさんがいうことすべて手放しで賛同していたのに、今はそうじゃない自分がいることに気付かされたのです。
これは、自分でも本当に驚きの事実でした。

もう何名かの方はお気づきかもしれませんが、わたしがこのブログとは別のpixivBOOTHというところで発表している「侵蝕恋愛」という物語は、ごくごく若い頃の自分の実体験を物語に落とし込んだものです。
といってももちろんそのままの形じゃないですよ。

わたしは当時、今でいうメンヘラでした。
で、そのことが消化不良のまんま何となく大人になってしまったことがずっと納得いかなくて、そういった自分の中の吹きだまりを編集、構成しなおしたのが「侵蝕恋愛」という物語でした。
ケイは「あのときこういう人が側にいたら心強かっただろうな」という動機で生まれたキャラですし、セイレンたんは自分の中のある面の象徴付けとして生まれたキャラでした。

最初は。

でも、自分の意志とは無関係に彼らがどんどん物語の一キャラクターとして一人歩きを始めるようになって、その頃からケイは理想の男性じゃなくなりだんだん嫌いになってきましたし、セイレンたんもどんどんつかみ所のない得体の知れないキャラクーになってきました。

で、そのことと今回Coccoの本を手放してしまえたことが無関係とは思えないのです。

「侵蝕恋愛」の出発点は、自分のなかにある「マイナスエネルギー」です。
それが、年々薄くなってきている感触があるのです。
だから、今、わたしは「侵蝕恋愛」が終るのが先かマイナスエネルギーが尽きるのが先か、という瀬戸際にいて、おそらくあと一〜二年で決着を付けないと「侵蝕恋愛」は完結させることができないんじゃないかと思ってます。

わたしはこれまで、自分の中のマイナスエネルギーが尽きれば、きっと何も表現できなくなるんじゃないかと思ってました。
前の「音速形而上少年」というブログを閉鎖したのも、皆に優しくされすぎてあったかい気持ちになるのが怖かったというのが本当の原因です。
あったかい気持ちになると自分は満たされるけど、その分「侵蝕恋愛」という世界観の精度が落ちてしまうんじゃないかというジレンマに襲われてました。

でも、マイナスエネルギーが尽きつつある今、表現したいことがないかというとそんなことはまったくなくて、逆に表現したいことがいっぱいあって、それは「侵蝕恋愛」を出し切るまでは皆さんに発表することはないだろうけれど、構想はたくさんあるのです。

で、結論として何がいいたいかというと、自分は死や自傷や憎しみ恨み、ちょっと特殊だった家庭環境で溜まっていた鬱屈、そういったことだけを表現するために創作活動をしていた訳ではないということ。
それらはトリガーにしか過ぎなくて、自分が表現したいものはもっとこう……違うものなのです。
そのことに気付いて、で、それを模索するのが今とても楽しいのです。

このブログのタイトルでもある「Fleurage(フルラージュ)」は、フランス語の古語で「花」という意味です。
これといってはっきりとした意図があって「花」というブログタイトルにしたわけではないんですけれど、自分の子どもの頃の夢は「花屋さん」になることでした。なんでかというと、花はそれぞれ自己主張がものすごいのに総体として見たときに全然喧嘩をしていないからです。
なんかそういうのが子ども心にすごいあって。それで花屋さんていいなあ、と。

花には色があって形があって匂いがあって、その中には憎しみや悲しみといった負の感情も含まれているんだと思います。
ただ手放しに「世界は美しい!」「ポジティブシンキング最高!」っていうんでもなくて、かといって「憎い、この世の中がとっても憎い、せや腹いせに手首切ったろ!」っていうんでもなくて、なんていうんですかね、そういう……
自分がマイナスエネルギーとは違う、別の動機付けの段階に差し掛かっているのは確かなんです。

そんなわけで、メルカリを通して一種の断捨離をしているわたしだけれど、断捨離にはそういった心を可視化する面もあるんじゃないかと思うというお話でした。
よければ皆さんの中二病的な面とか、どうしようもない心の声とかもお聞かせ願えると嬉しいです。なんで創作をするのかということも含めて。

ここまでおつきあいくださりありがとうございました。
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2017-07-28 : ■雑記 : コメント : 14 :
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2017-07-28 : : 編集
No title
こんばんは。

バブル全盛期の頃、ばっちり生きていた私ですが、なぜかCoccoという方の音楽や活動のことはまったく知りませんでした。もっとも、私、ピンクレディの全盛期やゴダイゴが音楽シーンを席巻していたときにも、親の教育方針のせいで完璧に一人蚊帳の外でしたので……。

ということはさておき。
「あのころは、優先順位の一番だったのに、今は手放せるようになっていた」って、わかります。
その当時の自分の想いが間違っていたわけではないし、そこを通ってきたからこそ現在の自分があることも間違いないのだけれど、もはやあの当時の私ではない、ということなのかなと思うんです。

創作のエネルギーって、超新星のように高温でわーっと燃えることもあるんですけれど、それだとそんなに長くは続かないんですよね。それもあって、私はそういうすごく燃ているときは他のものを全て放り出して燃え尽きる前に書上げようとするんですが、赤色巨星みたいにじんわりと長時間燃えるときもあって、そうなってくるとじっくりと書けるように思うんですよ。しかも、高温でゴウゴウ燃えているのは、書いている自分も焼かれてしまって、結果としてあとからちょっと赤面するような作品に仕上がったりします。一方、少し低温でじっくり焼いたものは、書きながらも冷静だったりするので、個人的にはあとから好みの作品に仕上がったりするのかなあと。

『侵食恋愛』の裏話というのか、どうやって生まれたのかという今回の記事を読んで少し意外だったのは、「あれ、やっぱりセイレンたんのお話だったの?」ということでした。「音速形而上少年」で読ませていただいていた頃はもちろんセイレンたんのお話だと思っていました。でも、4冊目まで読ませていただいて「わかっていなかったけれど、これケイの話だったのね」と思いはじめていたからです。

もっとも表面上はこの人視点のストーリーだとしても、実は別の人の話だというのは私も書いていて、「郷愁の丘」もジョルジアの恋物語のような体裁をとっているのだけれど、実はグレッグの話だったりします。

canariaさんの(この場合はNympheさんのかな?)ストーリーが、個人的なマイナスエネルギーとそれを投影したセイレンたんを動かすことから始まったとしても、時を経てそれが、プラスやマイナスもしくはたったひとつの方向性ではなくて、もっと複雑で芳醇な物語へと変貌を遂げたのかもしれませんね。

私自身は、子供の頃の創作では、自分の心しか見えなかったし、その自分(と、その投影キャラ)に都合のいいキャラクターしかでてこなかったのが、今ではもっと俯瞰して、他の人の人生や喜怒哀楽も含めて何かを書けるようになったと思っています。それって、突き刺さるような鋭利さを失うことでもあるんですけれど、今はそのバランスで書きたいと思うのです。

すみません、長いばっかりで意味不明のコメントになってしまいました。
2017-07-29 : 八少女 夕 URL : 編集
管理人のみの方へ。反転してお読み下さい
鍵コメ様、鍵コメ様の心の声をお聞かせくださりありがとうございます!
折りに触れ鍵コメ様の創作スタンスはお聞かせ頂いていたので
「もしかすると鍵コメ様もこっち側の人間?」とずっと思っていたのですが
やはり鍵コメ様もこちら側のお方でしたかっ!

そうなんですよね、マイナスエネルギーって本来なければないでいいものの
はずなのに、いざ失われるとなると身体に風穴が空いたみたいに
心もとなくなるというか……、なんなんですかね、そういう負の自分でいることがもはや「アイデンティティー」みたいになってしまっていたので、今さらそれを手放してもどうやってやっていけばわかんないよーみたいな。

これは、有名な作家さんの受け売りなんですけれど、マイナスの要素を持つ芸術に惹かれるのはそれだけその人が「若い」ってことなんですって。つまりそれだけのエネルギーを受け取るだけの素地が受け取る側にもあると。

だけど人間年を取ってきますから、どうしたって肉体は衰えてきますし、
それに従ってマイナスエネルギーという「エネルギー」を受け取るのも
しんどくなってくるのかもしれません。

おお、燃え尽きて……
でも、鍵コメ様の場合、これまでずっと描き続けてこられたわけでしょう?^^
わたしなんかの場合は、十年間くらいの空白期間があったんですよ。
で、鍵コメ様はおそらく、わたしが休んでいたその十年の間に
膨大な数の作品を作っておられたのだと思うのですよ。
だから今、出し尽くすものを丁度出し尽くされたところで、休憩されている最中なのかなと……
そうそう、夏だけど冬眠という形で(笑)

わたしも自分がもうすぐ冬眠に入りそうな気配があるんですよ。
で、その前に自分のやるとこやっとこかーみたいな。

構想があると書きましたけれど、あくまであると「思っている」(重要)だけで、実際に表現しているわけじゃないから、実質表現したいものがないのと一緒ですよ(笑)

個人的には、鍵コメ様の過去の作品を拝見させていただくだけでも嬉しいですし、鍵コメ様のお考えなどをブログの文面を通してお聞かせ願えるだけでも嬉しいです。
なので、今もし筆が乗らない状況なのだとしても、わたしは鍵コメ様の活動をあらゆる形で追わせていただきたいたと思ってます。

創作が日常的に側にある人間にとって、「創作ができない」状態というのは辛いものがあるので鍵コメ様の今の心中は察して余り在るものがあるのですが、
それでも鍵コメ様が絵を描くことを手放されることはないと思うので、
今はゆっくりご静養なさって次への英気を養ってもらえたら嬉しいなあ、って思います。

そうそう、それから、エ☆漫画家の例えですが、本当にねぇ、
そう思うと息の長いエ☆漫画家さんてすごいですよね、いろんな意味で(笑)

2017-07-29 : canaria URL : 編集
No title
何となくわかる気がします
周りの目を気にしたり、コンプレックスを悩み続けたり、みたいなマイナスの行為もパワーやエネルギーが必要なんですよね
エネルギーがなくなると、どうでもいいかと思えてくるというか、私も年々自分がぬるくなってる気がします
私と某お兄さんも昔はよく似てたけれど、今はどこか別人のような感じがしてるし…

それにしてもケイさんは嫌われていたのか…w
新しい境地の作品も気になるのでそれも楽しみにしてますです
2017-07-29 : ダメ子 URL : 編集
コメント返信です。八少女 夕 さんへ
夕さんこんばんは。
コメントありがとうございます。

Coccoのことですが、よく調べてみたら
活動開始が96年からだったので、正確にいうと
バブルが弾けてその残滓に預かっていた頃?
に活動していた歌手でした。
露出もほとんどなかったですし、夕さんがご存知なかったのも無理はないと思います。

夕さんが長年誰にも見せることなく1人物語を紡ぎ続けることができたのはなぜなのか、といったことは前々からずっとお伺いしたいと思っていたことでした。
で、今回夕さんのお考えをお聞かせいただいてわかったことは、
夕さんは超新星と赤色巨星の時期を繰り返す中で、
ご自分なりの「バイオリズム」を獲得するに至り、それがひいては安定して作品を生み出し続けられる秘訣に繋がっていったのかなぁ、と思ったことでした。
今ブログに掲載されていらっしゃる作品の多くは赤色巨星の時期に生み出されたものなのかな、と思っているのですが、「樋水龍神縁起」などは、赤色巨星の円熟を感じさせながら超新星の爆発力も感じさせられる作品ですよね。個人的には、夕さんが後から読んで赤面する、というお話も読んでみたい気もするのですが……昔描かれたいたという漫画作品などが、ストレートに超新星のそれに該当するのでしょうか?

わたしでいうと、「音速〜」の頃がまさに超新星の時期で、そのときにこっぽこっぽ無軌道に生み流したものを一つにまとめ上げたのが今の「小説 侵蝕恋愛」です。
侵蝕恋愛を書くのは、勢いのある時期に生み出したものと、今のある程度落ち着いた自分が生み出したものとを融合させると作業という側面もあるので、毎回変な苦労に駆られているのも事実です。三巻の「孤児院日誌」なんかは、昔の孤児院日誌の勢いを保ちながら新しいファーンを融合させるのに苦労しました。書いていて一番面白くなかったのがこの三巻だったのですが、とあるブロ友さんから「今までの中で一番刺さった」とのご感想をいただいて、夕さんが仰るように低温でじっくり焼いたことが作品としては滋味深さに繋がったのかなぁ、と。

これは、いっていいものかどうかわからないんですけれど、
「侵蝕恋愛」って援◯交際をする少女とそれを見守る女衒の話なんですよね。
で、そういう話を書きたいのであれば手っ取り早く舞台を90年代後半の東京に
設定して、セイレンたんも普通の女子高生にしてケイも駆け出しのホストとにして〜とかにすればいいと思うんですけれど、そういうのにはしたくなかったんですよ。
なんでかというと、わたしが一昔前にはやった「携帯小説」をやっても
面白いものが描けるとは思えなかったからです。
また、マイナスエネルギーがどうのこうのいいながら、わたしは変に生々しい話を読むのも書くのも苦手というのがあって、書くのなら「美」をどこかで保っていたい、というのがあったんです。それが多分、自分が究極に表現したいもので、「花」というブログタイトルにも繋がっていくんだと思うんですけれど。
こう、自己主張が激しい人間の癖して、ルポルタージュみたいなのは絶対書きたくないし書けない、というのがあって。やっぱりどこかで、作品と自分の間にはお茶と座布団を置きたいんですよ。それは、閲覧者様に対しても。

「侵蝕恋愛」は、ケイという青年の視点を通したセイレンたんのお話、というのはわたしもずっと思っていました。
でもそうでなくて、わたしも最近気付いたんですけれど、「侵蝕恋愛」て徹頭徹尾ケイの話なんだと。
「セイレン」というのは、アダルトチルドレンの象徴なんだと思います。
ケイの中のアダルトチルドレンが消失するとき、セイレンもまた消える、と。「侵蝕恋愛」の「侵蝕」にはそういう意味があって、ケイが真実の愛に気付いた瞬間(自己愛から抜け出した瞬間)、セイレンが消える、というそういう虚しい空虚なお話なんです。
で、ファーンがセイレンたんに逃げられたのもそのせいで、ファーンが大人になってしまったから、セイレンは消えたと。ファーンは大人とアダルトチルドレンの過渡期にいるキャラで、これなんかは今現在の自分のリアルな心境が投射されているんじゃないかと思います。

夕さんも仰られてますが、自分の心だけだったのが、その自分の心を取り巻く他人の人生や喜怒哀楽がケイという人生に絡んできたこと。それが、多分、ケイという人が弱体化した要因じゃないかと。この弱体化が夕さんの仰って下さった「芳醇さ」に繋がっていればいいんですけど(苦笑)こればっかりは、最終巻に譲るしかないのでしょうね。

「郷愁の丘」も、ジョルジア視点の、その実グレッグのお話だったのですね。
うん、なんかすんなり納得です。
ジョルジアのことももちろんきっちり描写されているんだけれど、前回のお話では「脇役」だったグレッグが回を重ねるごとにどんどん興味深くなってきて。ジョルジアの物語だからそう思うのは失礼かな、と思っていたけれど、ほっ、よかった、夕さん公認ならこれからおおいにグレッグ支持しますよ!

自分のペンネームの使い分けも、今ではものすごいこっぱすかしくて……
もう「canaria」で統一してもいいや、と思うんですけれど、「canaria」だとなんとなく字面的にハクが付かないので当分は一応「Nymphe」でやっていこうと思います。
そのうち日本語の名前になりそうな予感です。たった三年前のことなんですけれど、妙に肩に力入ってましたね。

>突き刺さるような鋭利さ

うん、これ。
今、一番自分が悩んでいるのもこれです。
今、自分の絵を整理していてるんですけれど、昔の絵や作品は拙いけれど勢いが
あって、正直この頃の自分に戻りたい! と思わないでもないです。
でも、これも夕さんのお言葉を借りるようで恐縮ですが、もうあの頃の自分じゃないんだなっていう。
いつまでも過去に縋り付いていても仕方ないですし、今は今で今しかできないことをやるしかないのかなと。

いえいえ、こちらこそ、まとまりがない上に訳わからないこと書き散らかしてすみません。
またおりに触れて夕さんのお考えなどお聞かせ願えると嬉しいです。
ありがとうございました。
2017-07-29 : canaria URL : 編集
コメント返信です。ダメ子さんへ
ダメ子さんおうちで過ごす夏休みはいかがですか?
わたしは毎日スイカ食べてます
1/8カットが298じゃなくて398だったときの絶望感は
半端ないんですけど(最近毎日そう)、
それでも毎日食べてます
ダメ子さんも機会があったらスイカ食べてね

周りの目を気にするのにもエネルギー使うというのは
新鮮でした。もしかすると某お兄さんの心の声?

どうでもいいと思えてくるのはなんかわかる気がします
昔、どうして化粧もせんと出歩く女の人がいるのかなぁ、
と思っていたけれど、今は見事に自分がそっち側の人間に
なってしまいました
二年前くらい前、冬に変なパジャマで厚着してスーパーにいったら
若いカップルに指さされて「ぷっはっw」みたいな反応されて
さすがに危機感感じる程度にはまだマイナスエネルギー保持して
ますよw

話が逸れてすみません
某お兄さんとダメ子さんて似てたんですか?v
ダメ子さんとももう長い付き合いですよね
2011年位の頃だから……あしかけ六年くらい?
その間の某お兄さんもいろいろなことがあったのでしょうね
某お兄さんはシャイでいらっしゃるからあまりご自分のこと
話されませんけれど、でも、ダメ子さんを見ているとお兄さんも
変化していっているのかなぁ、っていうのは感じてましたよ
いい意味で

ですね、ケイ嫌いですw
もうキモイっていうか……早くおさらばして次のかっこいいイケメソを執筆
したいです
ってまあ半分冗談ですが(半分本気なんかい)、音速〜で断片的に
ケイさんを描写していた頃がハイライトでした
今ピクシブの整理していて過去の作品投稿しているのですが、
音速〜の頃のケイさんかっこいい()すね
「ふっ」とかいってて
どうしようかと思いました

「侵蝕〜」は、今の千年〜が終わったらこっちで連載しようかなあ……とも
思ってるのでそのときにでもわたしが嫌いなケイさんをご覧いただけたらと
思います

新境地の作品……
多分五年後とかだと思うけど、お互いそのときまで
末永くブログ頑張っていきましょうねv
2017-07-29 : canaria URL : 編集
No title
こんばんは

マイナスのエネルギーというのは厄介なものであると同時に
ある意味それを糧?じゃないですが行動する原動力になりますね
とはいえ、それを行動力や思考に転化するのは普通に行動するより
はるかに力がいりますよね

ただ、マイナスの部分は厄介なことに疲れると同時にそれがまた
自分の中にないとバランスが保てなくなる感じもあるんですよね

創作やりんちゃん達も理想だったり自分の表現したい事の一種で
彼女たちが基本的にいい子ばかりなのは、逆に本当の自分は暗くて
まったく正反対だからこそなんですよね
嫌われないように彼女たちは好かれる子にしようと

でも、理想の彼女たちがいい子で優しすぎるから
たまにそれで苦しんでたりしますね
だから、たまに記事の文章が暗かったりするのは絵の世界観
よりも自分の中の思考とかをだしてる感じですね

言っちゃうといつも記事を暗くしないように明るくかわいくしようとない頭であれこれ考えてますね


いつも人の目を気にするは人付き合いが苦手はずの自分が
(というか実生活だと対人関係しんどい思いしてるのに)
ここまで続けられているのが不思議だったりしますね

無駄に長文でしかもコメントもわけわかんない感じですみません
2017-07-29 : 荒ぶるプリン URL : 編集
No title
Coccoという人は知りませんでしたが、
昔好きだった人、好きだったものでも、
今は手放せてしまえるというのは、
それだけ色々と変わっていっているという証拠ですもんね。
当時は本当に好きなものでも時が経つにつれて、
好きなものも興味も移り変わっていって、
良くも悪くも変わって創作活動にも影響を及ぼしたりしますもんね。
ポジティブなエネルギーも、ネガティブなエネルギーも、
その時の気持ちでしか表せない創作物ってどうしてもありますし、
そう思うとどんな気持ちで作ったものでも、
やっぱり、自分の一部なんだと実感はしますね^^;
2017-07-29 : ツバサ URL : 編集
コメント返信です。荒ぶるプリンさんへ
プリンさんこんばんは。
もうプリンさんの仰ること全部があるある過ぎて……

このマイナスエネルギーってどっから生まれるんでしょうね
わたしは、マイナスエネルギーで動く人には先天的にそういった「素地」
があるんだと思ってる人で、例えば思い当たるのが、中学の時友達と
絵と恋の相関関係の話になったときに(なんでか知らないけれどそういう話になった)
わたしは「恋とかしたら自分はきっと絵なんて描けなくなると思う。だから自分は恋などしなくていい」みたいなことをいったんですが、友達は、「いや違う。恋をして幸せな満たされた気持ちになったらもっともっといい絵が描けるはずだしcanariaちゃんの言うことは間違ってると思う」ってあっさり意見を翻えされたことなんです。わたしはその友達のことが大好きで尊敬してたので「そうだよね☆」ていってその場では賛同した気になったのですが、あとになって「いやしかしそういう「幸せ」な気持ちを絵にするってなんか想像できないなぁ」って思って、で実際それは自分に関していえば外れてなかったんですよ。
自分は割と早い段階から(きっとプリンさんもそうだったと思う)マイナスエネルギーで生きる術を覚えてしまった人間で、だから「プラスエネルギーで生きる人間」がいるってことがにわかには信じ難いのですよね。でも世の中には圧倒的に「プラスエネルギー」で生きてる人のほうが多いんだと思うんです。
で、そういう人は元から身体がプラス極でできているんだと思うんです。
で、これは言っていいものかどうか悩むのですが、プリンさんは「それがないとバランスが保てなくなる」と仰られてる時点で、身体や精神がマイナス極でできていらっしゃるんだと思うんです。これは、暗いとかそういった意味ではもちろんなくて、つまり、どうあっても世の中を裏側から見てしまう人というか。
だから、プリンさんの中からマイナスエネルギーが完全に尽きて、りんちゃんたちが描けなくなるということは絶対にないと思います! ということを伝えたいのです^^

なるほど、りんちゃんたちがとってもいい子で優しくて、陽のエネルギーに満ちているのは、プリンさんのそういった想いの裏返しでもあったのですね。
世の中の辛いこと、負の側面、そういったことを人一倍知っているからこそ、
人一倍清らかで可愛いものが生み出せる、というような。
それってわたしが上げたCoccoの「血で血を洗う」っていう言葉と少し似てるかもしれません。
で、自分が陰である分、我が子だけは陽であってほしいと願いを込めて生み出すんだけれど、ふとした瞬間に現実の自分との落差を感じて苦しむっていうのも、プリンさんならではのジレンマだなあ、と感じさせられました。
わたしの場合は自分陰→キャラ陰でストレートに直結しているので、そこはわたしにはないジレンマなんですよね。
でもそう思うとりんちゃんたちとプリンさんて太陽と月の関係みたいで素敵だと思いませんか?

プリンさんのブログも長いですよね。
わかりますわかります、実生活だと対人関係はしんどいばかりなのに、ブログというかネットだとブロ友様と無理なく仲良くやっていけるのは、本当に不思議ですよね。
もちろんネットならではの弊害もあるんですが、同時に利点もあるわけで。顔や表情が見えない分、先入観なしで相手とお話ができるっていうのは、リアルではない特色ですよね。

いえいえ、プリンさんの貴重なご意見お聞かせいただきとっても嬉しかったです!
こちらこそ、長い上に的外れなこといってたらごめんさいです^^;
2017-07-29 : canaria URL : 編集
コメント返信です。ツバサさんへ
おお、ツバサさん世代はやはりご存知ありませんでしたか!
Coccoさんはよく椎名林檎さんとか鬼束ちひろさんとかと
比して語られることが多いのですが、まあ、そっち系統の
音楽の人です。って椎名林檎はともかくツバサさん世代が鬼束
ちひろ知ってるのか?v

そうなんですよね、当時は本当に好きだったのにそれがいつのまにかなくなって
いたと気付いたときの喪失感、溜まらないものがあります。
わたしの場合はフリマ出品で知らされた訳ですけれど、これ多分、
古本屋に売るとか二束三文のお値段で人の手に渡るのだったら絶対
手放してなかったと思うんです。
捨てることはできないけれど、でも死蔵品となっているものが「生きたもの」
として本当に必要として下さる方の手に渡るのであれば、
喜んで手放したいという気持ち……
これには、自分も本当に驚かされました。

わたしがしたことは、だから、「捨て去る」というよりは、
消え去ろうとしているものを他人に受け渡すことで、
「残した」ということになるんだと思います。
っていうとメルカリってそんなだったっけって話になるんですけれどw

ですね、創作物はどうあったってその人が「反映」されてしまうものなんだと
思います。「絶対にワイは反映したくないんや」って派も含めて、
その「反映したくない」が反映されているわけですから。(ややこしい)

ツバサさんでいうと、「フェイトちゃんが好き」って気持ちがある今でしか
表現できないものもあるわけで、だからツバサさんがこうして今の記録を
ブログという形で残していらっしゃることはとっても素晴らしいことだと思います。
わたしも、昔のブログを消さんと残しておけばよかったって、思いますもん。

ツバサさんの創作物は、なんだろう、クレープみたいに薄くて繊細な層を
一つ一つ丁寧に丁寧に積み重ねていっている確かさと緻密さを同時に感じます。
それはわたしには絶対的にできない表現なので(わたしは毎日コツコツができない人なので)
そういうツバサさんの個性をとても羨ましく思います^^

風邪が治らないということですが、夏風邪はしつこいってききますものね><
そんなときにコメント本当にありがとうございます。
月並みですが、お大事になさってくださいね。
2017-07-29 : canaria URL : 編集
No title
canariaさん、こんばんぽ(*´∀`*)ノん

ほぇ~、中々複雑な心境の中、作品を作られていたのですね。
ケイの事、嫌いだったのですか(笑)
いや、笑うところではないですね。
多分、canariaさんの中で月日がたつにつれ考え方など変わってきてCoccoさんの考えとかも入らなくなったのでしょう。
人って色々な経験をする事で価値観なども変わってしまいます。
僕は昔は人を憎む事を糧に頑張ってきたというのもあるのですが今はまったくそのような感情が無くなってしまいました。
許すことも大事かなと思うようになって。
というのも負のパワーってやはり自分にも負担がかかるみたいで自分を疲れさせないためにもという理由もあります。

漫画家の方の話で漫画で自分の欲求とかを描くことでストレスを解消されると聞いたことがあります。
ちょっとエッチな事したり危ないですが人を殺したり。
もしかするとcanariaさんも初めは「侵蝕恋愛」を通してストレスを解消する感じだったのかなと思うのですがどうでしょうか?
それがやがて「侵蝕恋愛」を完成させないといけないという職人になってしまい負のパワーがなければという葛藤と戦っていたのかなと思いました。
確かに負のパワーが無くなってしまえば「侵蝕恋愛」は終わってしまうかもですがもしかしたら新たな作品も出来る可能性もあるかもしれません。
作品ってその当時の自分の状況とシンクロしていくのでそれはそれでいいのかもしれないですね。
勝手なことを言いますが暖かい気持ちになるのもいいかもしれないです。
それによって暖かい作品も出来るかもしれないですし。

僕はまだ創作活動は3年目のひよっこなので偉そうには言えないです。
確かに僕は「ひまわりシティー」を描くことでストレス解消しているかもしれないです。
実体験も影響していますし妄想や理想も取り入れていますし。
自分の思いやコンプレックスそれらも取り入れてます。
キャラクターに関しては完全に一人歩きしております。
敵キャラなんだけどみんなそれぞれ事情もあってと事情を大切にしている節があります。
あまりみんな事情を持たせると倒しづらくなるので救いようのないデスやレオナルドみたいな本当にゲスいやつも入れてますが。
後、完璧な人は入れてないですね。
イケメンなんだけど残念みたいな人がほとんどで(笑)
美人で可愛いけどどこか抜けているとか。
でもcanariaさんは作品に対する思いがすごい切実で真面目なんですね♪
長くなりましたがこれからも作品、楽しみにしております(´・ω・`)(´-ω-`)) ペコリ
2017-07-30 : たらこ URL : 編集
No title
たらこさん、お返事遅くなりました。
コメントありがとうございます。

ですね、切実というか真面目というか、単にこじらせちゃってる
だけですが、でも、多分皆さんが思われてる以上に
自分の作品にかけてる想いは強いかもしれません。
このブログでは思ってることの三分の一も言ってないので。
昔は割と自分の考えなんかも記事を割いて伝えていたのですが、
わたしの場合どうも腹八分目に伝えるっていうことができないみたいで。
余計なことまで言っちゃうんですよね、例の自分の家庭環境の話とか(笑)
そんな訳で、自分の考えを伝えようとすると、どうしても暗くて長い記事になっちゃうので、(今回みたいに)、作品中心に発表してる面もあるんです。

いえいえ、笑っていいんですよ(笑)
もうね、執筆していて恥ずかしいやらなんやらでですね……
ケイは、このブログでは直接的な形で出てきたことはないですが、
きっといじりやすいキャラだと思いますよ。クルルーとはまた別の
意味で完璧なイケメソキャラですね。
実は夢があって、いつかたらこさんにケイを描いて欲しいのです!
プロフ画にするのが夢なのです(=^0^=)

ですね、Coccoさんの考えは今でも部分的には共感できるんですけれど、
ここは違うな、って面も出てきました。
人ってどうあっても、自分が不幸なときには感謝の気持ちとか思い遣りとか
芽生えない生き物なんだと思うんですよ。
Coccoさんの記事でも、追い詰められて視野狭窄になって、被害者意識が強くなってしまってる面が見受けられて。といっても、現在の彼女はまた違うんですけれどね。
で、そういう姿が過去の自分と重なったりして。
それで、手放しました。

たらこさんでいうと、昔はそれこそ憎しみという負のパワーで生きていたような
ところがおありになるみたいで、これは、現在のたらこさんしか存じ上げてない
わたしからすると想像がつかない姿だったりするのですが、でも、たらこさんの
懐の広さはそういったお辛い過去から来るものなのだろうな、っていうのは
想像できますよ。
なんていうんですかね、話していてわかるんですよ、あ、この人は苦労されてるな、ていうことが。
で、たらこさんは割と初期の段階でそういうことが文面から透けて見えて。
相当な心理的苦労をされたんじゃないかと。

憎しみのパワーが「人を喜ばせたい」という方向に転じるのは相当なことですよ。
きっとお父様の件がその大きなきっかけになられたのだと思うのですけれど。
病床のお父様に寄り添うことは、ただ綺麗ごとだけじゃないですね。
悲しいとか寂しいとかそういったことだけじゃなくて、人の身体の弱さとか加齢とか、ただ「好き」とか「嫌い」で片付けられない感情に覆われるんだと思うんです。
その確認作業は並々ならぬ労苦を伴うもだっのだろうと。

わたしはこのお話をたらこさんからうかがうたびにいたたまれない気持ちになって、っていうのも、わたしはその手の苦労をしたことがない人間なんですよ。
で、未だに母のことをどこかで憎んでいて。もしかすると父のことも?
でも憎めるのは、それだけ母が元気だからなんですよね。父も。
でも最近は母も父も「おばあちゃん、おじいちゃん」になってきていて。
憎しみをぶつける価値すらなくなってきた、というか。価値っていったら失礼な
言い方ですけれど。たらこさんならこのニュアンスわかって下さると思います。

思うに、わたしのこのマイナスエネルギーって、対象がマイナスエネルギーを
ぶつけるに足る「強大な敵」だからこそ発生するもので、その対象が弱体化したら?
っていう問いかけが最近芽生えてます。
それはもう憎む相手じゃなくて憐れむべき相手ってことで。
三島由紀夫が作品の中で「憎い相手を許す一番の方法はその憎い相手に手を差し伸ばすことだ」
って言ってる場面があって。なんか妙に納得しましたね。それって、憎い相手に対して取り得る最大のマウントですもん。よく、浮気相手の女の人に、正妻の奥さんが一緒になって「あの人が苦労かけて悪かったわね」ってものわかりいいシーンありますけれど、あれなんかもそのいい例だよなぁと。

>もしかするとcanariaさんも初めは「侵蝕恋愛」を通してストレスを解消する感じだったのかなと思うのですがどうでしょうか?

もうもう、まさに仰る通りです!
びっくり!
キャラに言いたい事代弁させて、鬱屈を晴らしてました。

ただ、自分の加齢に伴う心境の変化とかもあって、今はまた違った動機で「侵蝕恋愛」を執筆している感じはあります。より「物語」としての完成度を求めるようになったというか。
「侵蝕恋愛」の職人、というのはまさにその通りで、そのために自分はいろいろなものを捨ててきたし犠牲にしてきたと思います。
で、そういうジレンマを実は「千年相姦」でも描写しています。
それが、「千年相姦」の最後のほうで割とストレートな形で出てくるので、「ああ、このことかな」と思い出していただければと(笑)

正直、完全にあったかい気持ちになるのは怖いしまだ抵抗があります。
嫌なことがあったりすると、すぐにやっぱりマイナスエネルギーに支配されますしね。最近でいうと昨年末の出来事とか。あれは、かなりきました。
自分もまだまだだなぁ、と(^^;)

「ひまわりシティー」も、たらこさんを部分的に投射した物語ですけれど、
でも、動機が「自分が苦しんでいたとき四コマに救われていたように、この四コマで皆を笑かしたい」だから、やっぱり押し付けがましさとか全然ないし、読んでいて本当にこちらも楽しいです。これは、わたしには徹頭徹尾ない姿勢なので、羨ましいです。

たらこさんの敵キャラが、憎めない人物ばかりなのは、やはり意図的なものだったのですね。
単純な勧善懲悪じゃなくて、悪にも悪の理由があって、しかもそれが納得できるものであるという。
見る立場でそれが悪になってるだけで、本人にとっては悪でもなんでもなくて、「信念」だったりするんですね。

って、たらこさん=デスさんって正真正銘のゲスなんですか!?(笑)
そんな、これから同情すべきエピソードとか期待してたのにw

っていうのはまあ冗談ですけど、ひまわりシティー含め、次回作にも期待してますよ。
暗い上に分かりづらい記事でしたけれど、おつきあいいただきありがとうございました。
2017-07-31 : canaria URL : 編集
No title
思春期は興味があったけど、高校卒業したら途端に興味の無くなるものってありますよねー。
高校時代は漫研の同級生の影響で少女マンガとかやおい本とか読んでた時期がありましたが、高校卒業して少女マンガとやおいが好きな同級生とも疎遠になってしまったらまったく興味が無くなってしまいました。
同じく高校時代に新井素子とか読んでましたが、こちらも高校卒業と同時に卒業してしまいました。

マンガ家の石ノ森章太郎とかアニメ監督の出崎統とか、幼少時代に慣れ親しんだものは自分の根幹になってしまい、生涯変わることはないと思ってますが、思春期に好きになったものって大人になると卒業してしまうものが多いように思います。

成人してからは一時期所属していたミリタリー系サークルの影響で軍服が好きになってしまいましたが、サークル解散後もこちらの趣味は続いています(^q^)
2017-08-09 : ponch URL : 編集
コメント返信です。ponchさんへ
ponchさんコメントありがとうございます。
高知旅行は楽しまれたようでよかったです^^
またコメント書き込みにうかがわせていただきますね

ですね〜思春期にはがっつりはまっていたのに大人になると卒業して
しまうものってありますよね
あと、学校に通っている間は周りの同級生の影響も少なからず受けますよね
ponchさんがやおい本読まれていたのは意外ですが、そういえばわたしも
高校の頃は友達の影響でCoccoとはまた別のアイドル系歌手にはまってた
ことがあるなぁ。そのアイドルが好きというよりも、それが友達との繋がりだったから好きになっていったみたいな。案の定、卒業して離ればなれになったらそちらのほうもさっぱりになりました

新井素子さんは、小学生のときに小説かなんか読んだ記憶があります
ponchさんは、高校卒業と同時に卒業されたのですね

幼少時に見たものはもう分ち難く自分の根幹になりますよね
軍服系とかミリタリー系は、逆に大人になってからのほうが食指が動くジャンルなのかもですね(^q^)
2017-08-10 : canaria URL : 編集
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『侵蝕恋愛Ⅰ紅き瞳の双花』
この世に居場所のない二人は、互いに何を求め、何を互いに見出したのか。
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『侵蝕恋愛Ⅱ蜜月』
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