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『双卵少女』プロローグ〜1章(1)


「双卵少女(そうらんしょうじょ)」連載開始です。
主人公はノアという女の子。
実の父親に虐待を受けていた過去を持っている女の子です。父親の暴力から身を守るため、孤児院『太陽の家』に引き取られました。
相手の「セイレン」というキャラクターは、「相手の心の望むまま」に行動しているということを踏まえてお読み頂けると面白いと思います。それでは、どうぞ。(分割の関係で一話目少し長めになってしまいました。申し訳ございません)

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〈プロローグ〉

あたしは 男の人が 怖いです
骨張った指も
いかつい肩も
皮膚をざらりと撫でる 頬髭も
男の人の身体は どこもかしこも
尖っていて
あたしの肌は ぞわぞわするんです

おとうさんが あたしを殴ります
その直後に 必ずあたしを抱き締めます
これは 何かの 呪いの儀式なのでしょうか

「ごめんよ、ノア」

おとうさんは 何に対して 許しを乞うているのでしょうか
あたしが この痛みを 引き受けることが
「許す」ということなのでしょうか
おとうさんの頬の髭が あたしの頬を
ざらりと 通り過ぎていきます
許さないと また 殴られるよね
だから あたしは 許すかわりに 謝ります

ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい

おとうさんの身体は 底知れない 大きな肉食獣の巣穴
ごめんよ、と許しを乞う口の奥 肉を抉る歯が ギラギラ 光ってる
囚われた草食動物
折られた脚 引きずり出された内臓には
きっと

ココロ

なんてものも混じっていたのかも
逃れられない
誰かあたしを助けてください

「ごめんね、ノア」
びくびく震えてる男女(おとこおんな)
「あんたのせいで、あたしすっごい苦しかったんだから! おにいちゃん先生のこと独占してさ! ああいうのヌケガケっていうのよ!」
「ごめんね、ノア」
「あんたそれしかいえないの!? あんた見てるとイライラする、いっつもびくびくしてさ、あたしのほうが何か悪いことしたみたいじゃない!」
「ごめんね、ノア」

この男女(おとこおんな)は 何に対して 許しを乞うているのでしょうか
何だか とっても ムシャクシャ します
どんどんどんどん あたしの中の
ココロの肉食獣が 成長していきます

「……あんた、あたしの奴隷になりなさいよ」
「どれいって何」
「あたしだけのモノになりなさいってことよ、ほら、膝まづいてわんっていってみなさい」
男女(おとこおんな)が地べたにしゃがみ込んだ
「わんっ」
「……呆れた……あんた、プライドってものがないの? 何でもいいなりなわけ?」
「わんっ」
「……ふうん、いいわ、あんたをあたしの犬にしてあげる。あんた、これからあたしの犬奴隷になりなさい、いい?」
「はい、俺、ノアの犬奴隷になるの、ノアの犬奴隷……」

ノア、大好き
ごめんなさい
ノア、大好き
ごめんなさい
ノア、大好き
ごめんなさい
ノア、大好き
ごめんなさい

ペロペロペロペロ

犬があたしの脚を舐めだした
触れる舌も擦る肌も
さらさらしていて 水みたい

あたしと、一緒
あたしの肌を脅かす 熱さが一切ない 涼しい肌

何でだろう あたしの 肉食獣が お腹いっぱいになった

急に 犬が 哀れで愛しくなった
犬を抱き締めた
犬もあたしを抱き締め返した
あ、犬って結構、背、高いんだ
……ふうん……

不思議な犬
不思議な奴隷
男の子でも女の子でもない
あたしだけの ココロの形に 寄り添ってくれる
あたしだけの 不思議な子
あたしだけの セイレン


※※※

『双卵少女』1章(1)


 セイレンは掴みどころがない奴だ。
 セイレンっていうのは、同じ孤児院に在籍している男女(おとこおんな)のことだ。
 男女(おとこおんな)。
 両性具有者。
 お兄ちゃん先生ふうにいうと双花(ふたつはな)。
「紫陽花(あじさい)は土の状態で花の色が変わるんですよ。七変化! 虹のように赤かったり青かったり、色が定まらないんですね」
 雨の日の園内を皆で観察していたときのことだったと思う。
 雨が降った日は、晴れの日には姿を表さない虫たちがこぞって顔を出していたから。
 たとえばナメクジ、とか。
 たとえばカタツムリ、とか。
 で、カタツムリがにょき、と紫陽花の葉陰から顔を覗かせたときのことだ。
 セイレンが突如お兄ちゃん先生に問いかけたのだ。
「紫陽花はどうして青とか赤とかいろんな色があるの」
 その問いに対しての返答が、先ほどのお兄ちゃん先生の七変化云々の話だったように思う。
 セイレンはカタツムリの殻の部分を掴みながら、人の話を聞くでもなく聞いているというふうだった。
 あたしは少し離れたところから、よくあんな気持ちの悪いものを素手でつかむことができるもんだと思いながら二人の様子を観察していた。

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 で、そんなセイレンを、脇からアルシュが抜け目なく見張っているのがまた気持ち悪いのだ。
「セイレン、カタツムリって、雌雄同体なんだって」
「しゆー、ど……?」
 アルシュっていうのは、あたしより一こ年長のこの男のことだ。
 優等生を絵に描いたようないけすかない男。
「しゆうどうたい。両性具有ってこと。……セイレンと一緒だね」
 セイレンの手に、自分の掌を重ねる。
 うわあ……こいつの、こういうとこ。
 まじ、気持ち悪ぃ。
「そうですよ。セイレンと一緒です。男の子だったり女の子だったり! ありのままのセイレンでいいんですよ。わかりましたか?」
 二人の世界に、空気の読めないお兄ちゃん先生が割って入ってくる。
 アルシュの眉がピクリと動いたのをあたしは見過ごさなかったけれど、気づいているのは多分あたしだけだろう。お兄ちゃん先生はこうしたことにとことん鈍いのだ。
「アルシュ、助け舟ありがとう」
「いえ」
 片目を瞑りながら囁く先生に、アルシュが完っっ……璧な「優等生の笑顔」で受け答えする様が可笑しくて堪らなかった。内心では腸が煮えくり返っているに違いない。だけど、絶対にそれを外に出そうとはしない。
 まったく、こいつら、道化かよ。
 大人と子どもが、なに一人の男女(おとこおんな)を巡って火花散らしてんだよ。
 ま、実際のとこ気色ばんでるのはアルシュだけだったんだけど。
 あたしは白けた気持ちで道化二人の三文芝居を眺めていた。
 で、セイレンがまた、二人の過保護を助長させるような態度を取るのがいけないのだ。
「えへへ、俺もカタツムリみたいなぐるぐるの殻が欲しいなあ」
 ああああっ!
 マジ、無理!
 女の集団の中にいたら、こういうタイプはまず真っ先にハブの対象にされる。
 実際セイレンは学校でもいつも孤立している。でも学校ではこいつはなぜか「ぶりっこ」をすることがないから、直接そのことが原因で浮いている、ということではないんだと思う。
 でもこいつの中にある「潜在的ぶりっこ気質」とでもいうものが、周りの人間を遠ざけてる要因なんじゃないかとあたしは踏んでいる。
 セイレンはきっとそれを本能的に理解した上で、この二人の傍にいるのだ。
 こいつら二人なら、絶対に、そう、絶対に、だ……、セイレンを攻撃することがないから。そればかりか、へらへらへらへら、病気なんじゃないかっていうくらい、セイレンを甘やかして。
 お兄ちゃん先生が相好を崩している。他の子たちが気づかなくても、あたしにはわかる。お兄ちゃん先生は先生という立場にふさわしく、他の子たちにも万遍なく気を配っている。だけど実際は、さきほどのセイレンの「殻が欲しい」発言で頭が占められてるに違いない。いつも以上に動作も笑顔もぐにゃぐにゃしているような気がしたから。
 アルシュだってそうだ。
 優等生の皮を分厚く被りながらも、セイレンの手を離そうとする素振りは欠片もない。
 カタツムリの長い目が、二人の指の間を這いずり回る。
 そのネチネチとした様子は、二人の関係そのものを思わせた。
 セイレンもさっきからへらへらへらへら、男に手をさわられているっていうのに、それを払いのけようとする気配もない。
 セイレンはあたしより一こ年下の十歳だ。
 だからそうしたことに関してまだ疎くても仕方がない。
 とはあたしは決して思わない。
 あたしも一年前までは十歳だったからわかる。
 十歳はもう、立派な女の子だ。
 子どもだけど、女の子なのだ。
 男の子とは違う生き物だ、っていうことを、わかっていなきゃいけない年頃だ。
 あんたっ、仮にも半分は女の子なんだからさっ!
 アルシュ如き、いや、アルシュじゃなくっても、男にそんな媚びへつらわないでよ!
「ちょっとあんた、あたしと一緒に来なさい」
 セイレンの腕を半ば強引に奪い取る。
「おいっ、ノアっ」
 もう本当、何なのこいつ!
 なんでこいつはこんなに高圧的なんだろう。
 おい、なんて、そんな大人の男の人みたいないいかた。
 あたしより一こしか年変わんないくせに!
 こいつは最近急激に男臭さが増してきているのだ。身体つきもやたら骨っぽくなってきてるし。
「またセイレンを得体の知れない場所に引きずり込んで、虐めるつもりなんだろっ」
「はあ? 『得体の知れない場所』って何のことですか〜? わっかんな〜い」
「屁理屈いうな! 何度だって僕が見つけてやるってことを覚えておくといい」
「うわっ、怖っ、重っ。あんた何か勘違いしてるみたいだけどさ、こいつがそれを望んでいるのよ」
 ほらっ!
 あたしはセイレンに『合図』を送った。
「わんわんっ、わんわんっ」
「きゃはははっ、ほらねっ、こいつはあたしの犬奴隷なの!」
「ノアっ! ……セイレンもっ!」
「キャンキャンっ、キャンキャンっ、くぅーん、くぅーん」
「きゃははははははっ」
 どうしたんですか、とお兄ちゃん先生が駆け寄ってくるときには、あたしたちは茂みに紛れて駆け出していた。
 雨音が激しくなる。
 背後でお兄ちゃん先生とアルシュが何かいい合っているような気がしたけれど、雨音に掻き消されてよくわからなかった。
 雨が、嫌いな男どもからあたしたちを守ってくれる。
 あたしは犬奴隷ことセイレンの手を取って、二人の『隠れ場所』に足を踏み入れていった。
『隠れ場所』、……ううん、あたしたちだけの『秘密のお城』に。

2016-02-13 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 14 :
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『双卵少女』1章(2)


雨の日の生態観察を孤児院の仲間としていたノアですが、アルシュと仲良くするセイレンに痺れを切らし、セイレンをどこかに連れてきたようです。
そこは『秘密のお城』でした。藁と木切れで作った手作りの秘密基地のようです。
さて、セイレンは何やら「犬」の真似をしているようです。
二人は何をしているのでしょうか。
ノアはとても「勘」が鋭く、セイレンの態度にもうっすら不自然さを感じているようです。セイレンは「相手の望むまま」自動的に行動しているだけですから。それでは、どうぞ。

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『双卵少女』1章(2)


「ちょっとあんた、さっきのあれは何」
「わんわんっ、わおおんっ、さっきのって、何のこと」
「頭の悪い犬ね!」
「ぎゃうんっ!」
 犬奴隷が悲痛そうな声で鳴いた。
 別にそんな強い力で叩いているわけじゃないんだけれど、「作法」のようなものだ。あたしに叩かれたら鳴く、というのが、あたしたちの間の決まり事なのだ。
 それに、セイレンだって嫌がってるわけじゃないし。その証拠に目が爛々と輝いている。こいつはあたしにひっ叩かれるのが大好きなのだ。
「えへへへへ〜」
「気持ちの悪い笑いかたしないでよ」
「わんわんっ、だって俺、ノアのこと大好きだから……」
 あたしの太腿に、犬が頬を乗せる。
 あたしは犬の黒い毛並みを撫でた。先ほどの「儀式」があったからこそ、この優しい時間が際立つのだ。
「……やっといつものあんたに戻ってきたみたいね。あんたは、アルシュなんかといるより、あたしとこうやってるほうが断然、あんたらしいんだから……」
「アルシュ? どうしてアルシュが出てくるの?」
 四つ足をついた犬が、あたしを見上げる。
 木箱の上から見下ろす光景は、いつも新鮮で非日常感に満ちている。身長差から、普段は見上げることしかできないセイレンの頭部が、今は全部視界に収まって見えている。
「アルシュといるときのあんたがらしくないからよ」
「ふうん……」
「もうっ、わかってないって顔ねっ、さすが犬だわ。だけどね、よく覚えておきなさい。アルシュのあれ、あれはあんたを自分のものにしたくて堪らないって感じの欲望よ。男の子特有の汚い願望。だから、あんな奴にずっと手を握られているなんて、絶対だめよ」
「えぇー……、そんなこと」
「何口答えしてるのよ!」
 打擲(ちょうちゃく)。
「ぎゃうんっ」
「あんたあれ、わざとなんでしょ? なんであんたは、アルシュの前とかお兄ちゃん先生の前でだけ、あんなに人が変わるのよ」
 あ、こいつは犬だから犬が変わる、といったほうがよかったっけ、とあたしは瑣末なことを思った。
「そんなの、だって簡単だよ。空気が、なんか、そんな感じがするから……」
「はあ? たったそれだけの理由で、あんたぶりっこしてるの?」
「ぶ……?」
 何それ。
 問いたげな気配を感じ取ってあたしはすかさず答えた。
「妙に女の子女の子してて、男受けする態度や仕草を取ってるっていうか……、そういうことよ」
 あたしもぶりっこの定義が本当は何なのかわからなかったけれど、先ほどのセイレンの態度を説明するとしたらこれしかない、と思った。
 そう、男受けする態度。
 正確には、お兄ちゃん先生やアルシュといった、「固有に対象を絞った」、男心をくすぐる態度っていうか。
 こいつはそうした、馬鹿な男どもの求めているものを嗅ぎ取って体現する能力が異様に高いのだ。
 これはあたしの見立てで、事実かどうかはわかんなかったけれど。
 どうなんだろうか。
 他の皆は気づいていないんだろうか。
「……だって、アルシュの前だと、自然にあんな感じになっちゃうんだよ……」
「手をべたべたさわられることが自然なこと?」
「よくわかんないけど、でも、別に嫌じゃないし……」
「だからって、俺もぐるぐるの殻が欲しい〜、なんて、あんな幼稚っぽいことまでいってみせる?」
「俺、そんなこといってた?」
「はあ? あんたそんなことも覚えてないわけ?」
 あたしは心底呆れ果ててセイレンを見下ろした。
 とぼけてるんじゃなくて、本当に覚えていないのだ。その顔はきょとんとしたままたじろぐ気配もない。
 こうしてまじまじと見つめていると、改めてこいつが病的なまでに蒼白い肌を有していることがわかる。頬に張り付いた黒髪が、妙に生々しい。さっきまでこいつの顔中に、カタツムリが這いずり回っていたんじゃないか、っていうくらい、陰湿な生気に充ち満ちて。
「……セイレンあんた、びしょ濡れね」
「……ノアもね」
 それを皮切りに、お城の空気が変わった。
 正確にいうと、セイレンの身に纏う気配が変質した。
 ぞく、と鳥肌が立ったのは、何も雨に濡れていたせいだけではないだろう。
「……セイレンあんた、あたしの……」「わかってるよ」
 セイレンがすかさずあたしの足を取った。
「ん……、くすぐった」
 爪先、足の甲、足首、とカタツムリみたいな緩慢な所作でセイレンが舌を蠢かしていく。  
 雨の一粒一粒を拭うような丹念さだ。あたしの踵を手に取る仕草が、とても丁寧だ、と思う。
 お兄ちゃん先生やアルシュの前にいるときのセイレンとは大違いだ。
 ううん、違う。
「ねえ、こっちがあんたの、本当の姿なんだよね……」
「さあ……」
 こんなときの男女(おとこおんな)の口調は、いつもぶっきらぼうだ。態度もふてぶしくて、素行不良の男の子そのものといったふうだ。
「すごい、甘い」
「……っ」
 強引さも。
 スカートの裾をたくしあげて、内股にまで舌を伸ばしてくる。下履きにかかるかどうかというほどの際どさだ。
 大腿部の内側の、その辺りにセイレンの舌が届くと、いつもあたしは変な気持ちになる。
 けれどそれがどうしてなのか、わかったことは一度もない。
 何かがわかりかける直前に、決まってセイレンが舌を離すからだ。
 まるであたしの中の畏れを見透かすように。
「ノア」
「セイレン」
 最後にセイレンの唇があたしの唇に落ちてくる。
 これがあたしたちの間の、終わりの合図。
 お城の外から雨の音が聴こえてくる。
 男どもの存在しない、あたしたちだけの閉ざされたお城で、あたしはあたしだけが知っている「セイレンの本当の姿」を独占していることに優越感を覚える。
 アルシュやお兄ちゃん先生は決して知らない、こいつの本当の姿を。
 ……多分、だけど。

2016-02-20 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 14 :
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『双卵少女』2章(1)


2章の始まりです。前回から時間軸が移動して、「現在」に視点が移っています。
前回までのお話はノアが学校で見ていた夢だったようです。実際にあった子ども時代の出来事を夢で見ていたんですね。
ノア17歳、セイレン16歳。おまけでアルシュは18歳。年頃になった彼女達ですが、一体どういう関係を繰り広げているのでしょうか? どうやら複雑なようです。ちなみに、「ケイ」と出会う半年くらい前の時期を想定しています。それでは、どうぞ。


『双卵少女』2章(1)


 きゃははははっ、けたたましい笑い声が聞こえる。
 あれ、これ、セイレンの笑い声だっけ。
 違う。
 セイレンはこんなうるさい笑いかたはしない。
 あいつはいつだって笑うときは声を立てずにひっそりと微笑む。眉を寄せて、少しだけ悲しそうに。
 あいつのことを思いだすとき、背後にはいつも雨が降っている。
 雨音がこんなにも耳障りなわけはない。
 ということは、ここはあの『秘密のお城』ではないということだ。
 甲高い女の声。
 それも、一人じゃなくて複数の。
 頬に当たる硬い感触。
 落ち着きのない喧噪。
「……」
 授業の合間の短い中休みの間に、あたしは束の間の夢を見ていたようだった。
※※※

 ぎゃはははは、と何度目かになるかわからない哄笑が教室に響き渡った。
 雨の風景に紛れ込んでいたのは、こいつの声だったのだ。
「で、彼氏の家から直接学校に来ちゃった」
「えっ、嘘、それって、それって」
「えへへ〜、ヤっちゃった〜」
 キャー、と一際甲高い嬌声が教室にこだまする。
 あたしは思いきり椅子を引いて立ち上がった。
 それに追随するように、あたしのグループの女どもがぞろぞろと付いてくる。
「ノ、ノアっ」
「何だよ」
「あんなタイミングで席立っちゃやばいよ〜、リエルにばれちゃうって」
「はあ!? なんであたしたちんとこのグループがあいつらに気を配らないといけないわけ!?」
「え、ええ!? そんなつもりじゃ……」
「ふんっ、もういいっ!」
 あたしはずかずかと戦陣をきって階段を降りていった。手下の女どももあたしに合わせて忙しなく階段を降りてくる。まるでカマキリの産卵みたいだ。泡で膨れ上がった卵が、宿主たる母カマキリの背後にびっしりとこびりついている。
「……もう、最悪」
 あたしは階下に佇む人影に思わず眉を顰めた。
 文字通り「最悪」の場面に遭遇したからだ。
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 取り巻きの女の一人が階下を覗き込んだ。「アルシュ先輩じゃん」
「あんな奴に先輩、なんてつけなくていーよっ」
 あたしは階段横の壁にがんっ、と足を立てた。蹴り所が悪くて爪先がじーんとしたけど、あたしはそれが表情に出ないよう努めて平静さを装った。
「あ? てめー何じろじろ見てんだよ」
「ノア」
 複数の女たちと対峙しているにも拘らず気後れする気配もない。一言二言、アルシュの唇から小言が溢れ出そうな気配を感じ取ったあたしは、先回りして先制攻撃を仕掛けた。
「おいアルシュ、セイレンに余計なこと吹き込んでんじゃねーぞ」
「えっ、何が? 何のこと?」
 好奇心を抑えきれないといったふうの女どもの口をあたしは塞ぐ。「も、もごっ」
「セイレンの付き合いがここんとこすっごい悪いんだよね。トモダチなのにさ」
「奴隷の間違いじゃないの」
 対するアルシュは一向に怯む気配がない。
 完っ全にあたしたちのことを見下している。
 合間に抱えた本の付箋を弄ったりなんかして、余裕を見せつけてすらいる。
 そんなところも含めて、こいつの態度が腹立たして仕方なかった。
 ふいに、さっきのリエルの声が甦った。
 彼氏とヤって、直行で学校来たって?
 上等じゃんか。
 男と遊ぶことがそんなに偉いことかよ。それがグループの序列に何か影響を与えるとでも思ってんのかよ。
 様々な思惑が絡みあった結果の憤りは、けれどリエル本人はでなく階下に佇むこの男に向かっていくことになる。
「知ってっか? あいつ、男喰いまくってんだけど」
「……」
 けれどあたしの意に反して、アルシュの態度は泰然自若としたものだった。
 あれ、こんなはずじゃなかったのに。
 この情報は、「とっておき」のものだったはずなのに。
 お兄ちゃん先生すらも見過ごしていることのはずなのに。もっとも、あの人にその手の勘の鋭さを期待するのは間違っているんだけれど。
 悔しかった。
 完全に当てが外れてしまった。
「アルシュまじ受ける。ビビりすぎだし」
 あたしは負け惜しみとばかりに吐き捨て、アルシュの脇を通り抜けていった。
 すれ違い様、男の匂いが鼻孔を過った。ガキの頃とは比べものにならないほどの濃厚さだ。あたしは吐きそうになるのを必死に堪えた。
「ねえねえ、アルシュ先輩ってやっぱかっこいいよね! 一緒に住んでるんだよね……あっ」
「……」
 しまった、というふうに取り巻きの女たちが口を噤んだ。あたしが孤児施設に在籍してるってことを、グループの子たちは皆知ってるのだ。同時に壊れ物を扱うみたいに、そのことに触れないようにしてることも。
 別に構やしないのに。
「そーだよっ、朝も昼も夜もあいつと一緒!」
 どんよりとした空気を振り払うように殊更大きな声で捲し立てた。
「……、ねえねえ、アルシュ先輩てさ、いっつもあんな感じ?」
 冷静っていうか、涼しげっていうか。
 よっぽど「アルシュ先輩」に夢を見ているものらしい。
「そーそー、いっつもあんな感じだよ。すかしてんじゃねーよって感じだよね」
 セイレンと向かい合っているときは別だけど、と毒突く声はもちろん、心の中だけに仕舞う。
「ところでさ、さっきのさ、セイレンって子のことだけど……」
 セイレンってアルシュ先輩といつも登校してきている一学年下の子だよね、とその女があたしの顔を覗き込んでいった。こいつは「アルシュ先輩」を逐一監視しているのだ。
「ヤりまくりってマジなの?」
 その瞳は真剣かつ大きな好奇心に満ちていた。あたしは一瞬口を噤んだ後、「学校外の男限定みたいだけど」
 小さく呟いた。
「ひぇっ……、学校外のって……、却ってヤバくない? あんな地味な感じのくせして……」
「……セイレンは地味じゃないよ」
 え?
 目を丸くする女を尻目に、あたしは先を急いだ。「行こ」
 ちょうどセイレンのクラスに通りがかったので、取り巻きの子たちにばれないようさりげなく盗み見た。
 案の定そこにセイレンの姿はなかった。
 ここのところあいつは、ずっと授業をさぼっている。お兄ちゃん先生にばれていないのは、アルシュとあたしとで何やかや誤摩化しているからだ。それに、朝はアルシュがセイレンの腕を引っ張るようにして「ご登校」していらっしゃるから、出欠だけは抜かりなく取れているのだ。
 でも、その直後に行方をくらます。
 あたしたちは皆、歳が違うので教室もてんでばらばらで、一度教室に入ってしまえばセイレンを監視することが叶わなくなるのだ。
 街の男を喰いまくっている云々は、だからセイレン不在の教室から見立てた、あたしの完全な推測だ。授業をさぼっていることと、あいつが街でヤリまくっているという推論の間には、何の論理的繋がりも根拠もない。それこそ直感という奴だ。
 で、アルシュもその辺りに目星をつけていたものらしい。
 何ていうか、様々な要因が絡み合った結果、あたしたちはまったく同じ仮定に辿り着いていたようなのだった。
 それはあたしたちが曲がりなりにも小さい頃から一緒に暮らしていたせいなのか。
 セイレンには、昔からどこか「性的に」危ういものを連想させる空気があった。
『彼氏の家から直接学校に』
「……」
 ヤる、って、どんな感じなんだろう。
 セイレンの唇の感触がふいに甦る。
 その先に広がる行為が、多分、ヤる、ってこと。
 だけどその先のことをどうしても想像することができない。
 というよりも、思い浮かべるのも汚らわしい。
 あたしは無理やりに授業に集中していった。

2016-02-27 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 16 :
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Author:canaria

イラストと小説でオリジナルの世界観を表現しています。時々COMITIAに出たりもします。初めましての方はこちらをどうぞ。
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