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『双卵少女』プロローグ〜1章(1)


「双卵少女(そうらんしょうじょ)」連載開始です。
主人公はノアという女の子。
実の父親に虐待を受けていた過去を持っている女の子です。父親の暴力から身を守るため、孤児院『太陽の家』に引き取られました。
相手の「セイレン」というキャラクターは、「相手の心の望むまま」に行動しているということを踏まえてお読み頂けると面白いと思います。それでは、どうぞ。(分割の関係で一話目少し長めになってしまいました。申し訳ございません)

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〈プロローグ〉

あたしは 男の人が 怖いです
骨張った指も
いかつい肩も
皮膚をざらりと撫でる 頬髭も
男の人の身体は どこもかしこも
尖っていて
あたしの肌は ぞわぞわするんです

おとうさんが あたしを殴ります
その直後に 必ずあたしを抱き締めます
これは 何かの 呪いの儀式なのでしょうか

「ごめんよ、ノア」

おとうさんは 何に対して 許しを乞うているのでしょうか
あたしが この痛みを 引き受けることが
「許す」ということなのでしょうか
おとうさんの頬の髭が あたしの頬を
ざらりと 通り過ぎていきます
許さないと また 殴られるよね
だから あたしは 許すかわりに 謝ります

ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい

おとうさんの身体は 底知れない 大きな肉食獣の巣穴
ごめんよ、と許しを乞う口の奥 肉を抉る歯が ギラギラ 光ってる
囚われた草食動物
折られた脚 引きずり出された内臓には
きっと

ココロ

なんてものも混じっていたのかも
逃れられない
誰かあたしを助けてください

「ごめんね、ノア」
びくびく震えてる男女(おとこおんな)
「あんたのせいで、あたしすっごい苦しかったんだから! おにいちゃん先生のこと独占してさ! ああいうのヌケガケっていうのよ!」
「ごめんね、ノア」
「あんたそれしかいえないの!? あんた見てるとイライラする、いっつもびくびくしてさ、あたしのほうが何か悪いことしたみたいじゃない!」
「ごめんね、ノア」

この男女(おとこおんな)は 何に対して 許しを乞うているのでしょうか
何だか とっても ムシャクシャ します
どんどんどんどん あたしの中の
ココロの肉食獣が 成長していきます

「……あんた、あたしの奴隷になりなさいよ」
「どれいって何」
「あたしだけのモノになりなさいってことよ、ほら、膝まづいてわんっていってみなさい」
男女(おとこおんな)が地べたにしゃがみ込んだ
「わんっ」
「……呆れた……あんた、プライドってものがないの? 何でもいいなりなわけ?」
「わんっ」
「……ふうん、いいわ、あんたをあたしの犬にしてあげる。あんた、これからあたしの犬奴隷になりなさい、いい?」
「はい、俺、ノアの犬奴隷になるの、ノアの犬奴隷……」

ノア、大好き
ごめんなさい
ノア、大好き
ごめんなさい
ノア、大好き
ごめんなさい
ノア、大好き
ごめんなさい

ペロペロペロペロ

犬があたしの脚を舐めだした
触れる舌も擦る肌も
さらさらしていて 水みたい

あたしと、一緒
あたしの肌を脅かす 熱さが一切ない 涼しい肌

何でだろう あたしの 肉食獣が お腹いっぱいになった

急に 犬が 哀れで愛しくなった
犬を抱き締めた
犬もあたしを抱き締め返した
あ、犬って結構、背、高いんだ
……ふうん……

不思議な犬
不思議な奴隷
男の子でも女の子でもない
あたしだけの ココロの形に 寄り添ってくれる
あたしだけの 不思議な子
あたしだけの セイレン


※※※

『双卵少女』1章(1)


 セイレンは掴みどころがない奴だ。
 セイレンっていうのは、同じ孤児院に在籍している男女(おとこおんな)のことだ。
 男女(おとこおんな)。
 両性具有者。
 お兄ちゃん先生ふうにいうと双花(ふたつはな)。
「紫陽花(あじさい)は土の状態で花の色が変わるんですよ。七変化! 虹のように赤かったり青かったり、色が定まらないんですね」
 雨の日の園内を皆で観察していたときのことだったと思う。
 雨が降った日は、晴れの日には姿を表さない虫たちがこぞって顔を出していたから。
 たとえばナメクジ、とか。
 たとえばカタツムリ、とか。
 で、カタツムリがにょき、と紫陽花の葉陰から顔を覗かせたときのことだ。
 セイレンが突如お兄ちゃん先生に問いかけたのだ。
「紫陽花はどうして青とか赤とかいろんな色があるの」
 その問いに対しての返答が、先ほどのお兄ちゃん先生の七変化云々の話だったように思う。
 セイレンはカタツムリの殻の部分を掴みながら、人の話を聞くでもなく聞いているというふうだった。
 あたしは少し離れたところから、よくあんな気持ちの悪いものを素手でつかむことができるもんだと思いながら二人の様子を観察していた。

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 で、そんなセイレンを、脇からアルシュが抜け目なく見張っているのがまた気持ち悪いのだ。
「セイレン、カタツムリって、雌雄同体なんだって」
「しゆー、ど……?」
 アルシュっていうのは、あたしより一こ年長のこの男のことだ。
 優等生を絵に描いたようないけすかない男。
「しゆうどうたい。両性具有ってこと。……セイレンと一緒だね」
 セイレンの手に、自分の掌を重ねる。
 うわあ……こいつの、こういうとこ。
 まじ、気持ち悪ぃ。
「そうですよ。セイレンと一緒です。男の子だったり女の子だったり! ありのままのセイレンでいいんですよ。わかりましたか?」
 二人の世界に、空気の読めないお兄ちゃん先生が割って入ってくる。
 アルシュの眉がピクリと動いたのをあたしは見過ごさなかったけれど、気づいているのは多分あたしだけだろう。お兄ちゃん先生はこうしたことにとことん鈍いのだ。
「アルシュ、助け舟ありがとう」
「いえ」
 片目を瞑りながら囁く先生に、アルシュが完っっ……璧な「優等生の笑顔」で受け答えする様が可笑しくて堪らなかった。内心では腸が煮えくり返っているに違いない。だけど、絶対にそれを外に出そうとはしない。
 まったく、こいつら、道化かよ。
 大人と子どもが、なに一人の男女(おとこおんな)を巡って火花散らしてんだよ。
 ま、実際のとこ気色ばんでるのはアルシュだけだったんだけど。
 あたしは白けた気持ちで道化二人の三文芝居を眺めていた。
 で、セイレンがまた、二人の過保護を助長させるような態度を取るのがいけないのだ。
「えへへ、俺もカタツムリみたいなぐるぐるの殻が欲しいなあ」
 ああああっ!
 マジ、無理!
 女の集団の中にいたら、こういうタイプはまず真っ先にハブの対象にされる。
 実際セイレンは学校でもいつも孤立している。でも学校ではこいつはなぜか「ぶりっこ」をすることがないから、直接そのことが原因で浮いている、ということではないんだと思う。
 でもこいつの中にある「潜在的ぶりっこ気質」とでもいうものが、周りの人間を遠ざけてる要因なんじゃないかとあたしは踏んでいる。
 セイレンはきっとそれを本能的に理解した上で、この二人の傍にいるのだ。
 こいつら二人なら、絶対に、そう、絶対に、だ……、セイレンを攻撃することがないから。そればかりか、へらへらへらへら、病気なんじゃないかっていうくらい、セイレンを甘やかして。
 お兄ちゃん先生が相好を崩している。他の子たちが気づかなくても、あたしにはわかる。お兄ちゃん先生は先生という立場にふさわしく、他の子たちにも万遍なく気を配っている。だけど実際は、さきほどのセイレンの「殻が欲しい」発言で頭が占められてるに違いない。いつも以上に動作も笑顔もぐにゃぐにゃしているような気がしたから。
 アルシュだってそうだ。
 優等生の皮を分厚く被りながらも、セイレンの手を離そうとする素振りは欠片もない。
 カタツムリの長い目が、二人の指の間を這いずり回る。
 そのネチネチとした様子は、二人の関係そのものを思わせた。
 セイレンもさっきからへらへらへらへら、男に手をさわられているっていうのに、それを払いのけようとする気配もない。
 セイレンはあたしより一こ年下の十歳だ。
 だからそうしたことに関してまだ疎くても仕方がない。
 とはあたしは決して思わない。
 あたしも一年前までは十歳だったからわかる。
 十歳はもう、立派な女の子だ。
 子どもだけど、女の子なのだ。
 男の子とは違う生き物だ、っていうことを、わかっていなきゃいけない年頃だ。
 あんたっ、仮にも半分は女の子なんだからさっ!
 アルシュ如き、いや、アルシュじゃなくっても、男にそんな媚びへつらわないでよ!
「ちょっとあんた、あたしと一緒に来なさい」
 セイレンの腕を半ば強引に奪い取る。
「おいっ、ノアっ」
 もう本当、何なのこいつ!
 なんでこいつはこんなに高圧的なんだろう。
 おい、なんて、そんな大人の男の人みたいないいかた。
 あたしより一こしか年変わんないくせに!
 こいつは最近急激に男臭さが増してきているのだ。身体つきもやたら骨っぽくなってきてるし。
「またセイレンを得体の知れない場所に引きずり込んで、虐めるつもりなんだろっ」
「はあ? 『得体の知れない場所』って何のことですか〜? わっかんな〜い」
「屁理屈いうな! 何度だって僕が見つけてやるってことを覚えておくといい」
「うわっ、怖っ、重っ。あんた何か勘違いしてるみたいだけどさ、こいつがそれを望んでいるのよ」
 ほらっ!
 あたしはセイレンに『合図』を送った。
「わんわんっ、わんわんっ」
「きゃはははっ、ほらねっ、こいつはあたしの犬奴隷なの!」
「ノアっ! ……セイレンもっ!」
「キャンキャンっ、キャンキャンっ、くぅーん、くぅーん」
「きゃははははははっ」
 どうしたんですか、とお兄ちゃん先生が駆け寄ってくるときには、あたしたちは茂みに紛れて駆け出していた。
 雨音が激しくなる。
 背後でお兄ちゃん先生とアルシュが何かいい合っているような気がしたけれど、雨音に掻き消されてよくわからなかった。
 雨が、嫌いな男どもからあたしたちを守ってくれる。
 あたしは犬奴隷ことセイレンの手を取って、二人の『隠れ場所』に足を踏み入れていった。
『隠れ場所』、……ううん、あたしたちだけの『秘密のお城』に。

2016-02-13 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 14 :
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『双卵少女』1章(2)


雨の日の生態観察を孤児院の仲間としていたノアですが、アルシュと仲良くするセイレンに痺れを切らし、セイレンをどこかに連れてきたようです。
そこは『秘密のお城』でした。藁と木切れで作った手作りの秘密基地のようです。
さて、セイレンは何やら「犬」の真似をしているようです。
二人は何をしているのでしょうか。
ノアはとても「勘」が鋭く、セイレンの態度にもうっすら不自然さを感じているようです。セイレンは「相手の望むまま」自動的に行動しているだけですから。それでは、どうぞ。

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『双卵少女』1章(2)


「ちょっとあんた、さっきのあれは何」
「わんわんっ、わおおんっ、さっきのって、何のこと」
「頭の悪い犬ね!」
「ぎゃうんっ!」
 犬奴隷が悲痛そうな声で鳴いた。
 別にそんな強い力で叩いているわけじゃないんだけれど、「作法」のようなものだ。あたしに叩かれたら鳴く、というのが、あたしたちの間の決まり事なのだ。
 それに、セイレンだって嫌がってるわけじゃないし。その証拠に目が爛々と輝いている。こいつはあたしにひっ叩かれるのが大好きなのだ。
「えへへへへ〜」
「気持ちの悪い笑いかたしないでよ」
「わんわんっ、だって俺、ノアのこと大好きだから……」
 あたしの太腿に、犬が頬を乗せる。
 あたしは犬の黒い毛並みを撫でた。先ほどの「儀式」があったからこそ、この優しい時間が際立つのだ。
「……やっといつものあんたに戻ってきたみたいね。あんたは、アルシュなんかといるより、あたしとこうやってるほうが断然、あんたらしいんだから……」
「アルシュ? どうしてアルシュが出てくるの?」
 四つ足をついた犬が、あたしを見上げる。
 木箱の上から見下ろす光景は、いつも新鮮で非日常感に満ちている。身長差から、普段は見上げることしかできないセイレンの頭部が、今は全部視界に収まって見えている。
「アルシュといるときのあんたがらしくないからよ」
「ふうん……」
「もうっ、わかってないって顔ねっ、さすが犬だわ。だけどね、よく覚えておきなさい。アルシュのあれ、あれはあんたを自分のものにしたくて堪らないって感じの欲望よ。男の子特有の汚い願望。だから、あんな奴にずっと手を握られているなんて、絶対だめよ」
「えぇー……、そんなこと」
「何口答えしてるのよ!」
 打擲(ちょうちゃく)。
「ぎゃうんっ」
「あんたあれ、わざとなんでしょ? なんであんたは、アルシュの前とかお兄ちゃん先生の前でだけ、あんなに人が変わるのよ」
 あ、こいつは犬だから犬が変わる、といったほうがよかったっけ、とあたしは瑣末なことを思った。
「そんなの、だって簡単だよ。空気が、なんか、そんな感じがするから……」
「はあ? たったそれだけの理由で、あんたぶりっこしてるの?」
「ぶ……?」
 何それ。
 問いたげな気配を感じ取ってあたしはすかさず答えた。
「妙に女の子女の子してて、男受けする態度や仕草を取ってるっていうか……、そういうことよ」
 あたしもぶりっこの定義が本当は何なのかわからなかったけれど、先ほどのセイレンの態度を説明するとしたらこれしかない、と思った。
 そう、男受けする態度。
 正確には、お兄ちゃん先生やアルシュといった、「固有に対象を絞った」、男心をくすぐる態度っていうか。
 こいつはそうした、馬鹿な男どもの求めているものを嗅ぎ取って体現する能力が異様に高いのだ。
 これはあたしの見立てで、事実かどうかはわかんなかったけれど。
 どうなんだろうか。
 他の皆は気づいていないんだろうか。
「……だって、アルシュの前だと、自然にあんな感じになっちゃうんだよ……」
「手をべたべたさわられることが自然なこと?」
「よくわかんないけど、でも、別に嫌じゃないし……」
「だからって、俺もぐるぐるの殻が欲しい〜、なんて、あんな幼稚っぽいことまでいってみせる?」
「俺、そんなこといってた?」
「はあ? あんたそんなことも覚えてないわけ?」
 あたしは心底呆れ果ててセイレンを見下ろした。
 とぼけてるんじゃなくて、本当に覚えていないのだ。その顔はきょとんとしたままたじろぐ気配もない。
 こうしてまじまじと見つめていると、改めてこいつが病的なまでに蒼白い肌を有していることがわかる。頬に張り付いた黒髪が、妙に生々しい。さっきまでこいつの顔中に、カタツムリが這いずり回っていたんじゃないか、っていうくらい、陰湿な生気に充ち満ちて。
「……セイレンあんた、びしょ濡れね」
「……ノアもね」
 それを皮切りに、お城の空気が変わった。
 正確にいうと、セイレンの身に纏う気配が変質した。
 ぞく、と鳥肌が立ったのは、何も雨に濡れていたせいだけではないだろう。
「……セイレンあんた、あたしの……」「わかってるよ」
 セイレンがすかさずあたしの足を取った。
「ん……、くすぐった」
 爪先、足の甲、足首、とカタツムリみたいな緩慢な所作でセイレンが舌を蠢かしていく。  
 雨の一粒一粒を拭うような丹念さだ。あたしの踵を手に取る仕草が、とても丁寧だ、と思う。
 お兄ちゃん先生やアルシュの前にいるときのセイレンとは大違いだ。
 ううん、違う。
「ねえ、こっちがあんたの、本当の姿なんだよね……」
「さあ……」
 こんなときの男女(おとこおんな)の口調は、いつもぶっきらぼうだ。態度もふてぶしくて、素行不良の男の子そのものといったふうだ。
「すごい、甘い」
「……っ」
 強引さも。
 スカートの裾をたくしあげて、内股にまで舌を伸ばしてくる。下履きにかかるかどうかというほどの際どさだ。
 大腿部の内側の、その辺りにセイレンの舌が届くと、いつもあたしは変な気持ちになる。
 けれどそれがどうしてなのか、わかったことは一度もない。
 何かがわかりかける直前に、決まってセイレンが舌を離すからだ。
 まるであたしの中の畏れを見透かすように。
「ノア」
「セイレン」
 最後にセイレンの唇があたしの唇に落ちてくる。
 これがあたしたちの間の、終わりの合図。
 お城の外から雨の音が聴こえてくる。
 男どもの存在しない、あたしたちだけの閉ざされたお城で、あたしはあたしだけが知っている「セイレンの本当の姿」を独占していることに優越感を覚える。
 アルシュやお兄ちゃん先生は決して知らない、こいつの本当の姿を。
 ……多分、だけど。

2016-02-20 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 14 :
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『双卵少女』2章(1)


2章の始まりです。前回から時間軸が移動して、「現在」に視点が移っています。
前回までのお話はノアが学校で見ていた夢だったようです。実際にあった子ども時代の出来事を夢で見ていたんですね。
ノア17歳、セイレン16歳。おまけでアルシュは18歳。年頃になった彼女達ですが、一体どういう関係を繰り広げているのでしょうか? どうやら複雑なようです。ちなみに、「ケイ」と出会う半年くらい前の時期を想定しています。それでは、どうぞ。


『双卵少女』2章(1)


 きゃははははっ、けたたましい笑い声が聞こえる。
 あれ、これ、セイレンの笑い声だっけ。
 違う。
 セイレンはこんなうるさい笑いかたはしない。
 あいつはいつだって笑うときは声を立てずにひっそりと微笑む。眉を寄せて、少しだけ悲しそうに。
 あいつのことを思いだすとき、背後にはいつも雨が降っている。
 雨音がこんなにも耳障りなわけはない。
 ということは、ここはあの『秘密のお城』ではないということだ。
 甲高い女の声。
 それも、一人じゃなくて複数の。
 頬に当たる硬い感触。
 落ち着きのない喧噪。
「……」
 授業の合間の短い中休みの間に、あたしは束の間の夢を見ていたようだった。
※※※

 ぎゃはははは、と何度目かになるかわからない哄笑が教室に響き渡った。
 雨の風景に紛れ込んでいたのは、こいつの声だったのだ。
「で、彼氏の家から直接学校に来ちゃった」
「えっ、嘘、それって、それって」
「えへへ〜、ヤっちゃった〜」
 キャー、と一際甲高い嬌声が教室にこだまする。
 あたしは思いきり椅子を引いて立ち上がった。
 それに追随するように、あたしのグループの女どもがぞろぞろと付いてくる。
「ノ、ノアっ」
「何だよ」
「あんなタイミングで席立っちゃやばいよ〜、リエルにばれちゃうって」
「はあ!? なんであたしたちんとこのグループがあいつらに気を配らないといけないわけ!?」
「え、ええ!? そんなつもりじゃ……」
「ふんっ、もういいっ!」
 あたしはずかずかと戦陣をきって階段を降りていった。手下の女どももあたしに合わせて忙しなく階段を降りてくる。まるでカマキリの産卵みたいだ。泡で膨れ上がった卵が、宿主たる母カマキリの背後にびっしりとこびりついている。
「……もう、最悪」
 あたしは階下に佇む人影に思わず眉を顰めた。
 文字通り「最悪」の場面に遭遇したからだ。
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 取り巻きの女の一人が階下を覗き込んだ。「アルシュ先輩じゃん」
「あんな奴に先輩、なんてつけなくていーよっ」
 あたしは階段横の壁にがんっ、と足を立てた。蹴り所が悪くて爪先がじーんとしたけど、あたしはそれが表情に出ないよう努めて平静さを装った。
「あ? てめー何じろじろ見てんだよ」
「ノア」
 複数の女たちと対峙しているにも拘らず気後れする気配もない。一言二言、アルシュの唇から小言が溢れ出そうな気配を感じ取ったあたしは、先回りして先制攻撃を仕掛けた。
「おいアルシュ、セイレンに余計なこと吹き込んでんじゃねーぞ」
「えっ、何が? 何のこと?」
 好奇心を抑えきれないといったふうの女どもの口をあたしは塞ぐ。「も、もごっ」
「セイレンの付き合いがここんとこすっごい悪いんだよね。トモダチなのにさ」
「奴隷の間違いじゃないの」
 対するアルシュは一向に怯む気配がない。
 完っ全にあたしたちのことを見下している。
 合間に抱えた本の付箋を弄ったりなんかして、余裕を見せつけてすらいる。
 そんなところも含めて、こいつの態度が腹立たして仕方なかった。
 ふいに、さっきのリエルの声が甦った。
 彼氏とヤって、直行で学校来たって?
 上等じゃんか。
 男と遊ぶことがそんなに偉いことかよ。それがグループの序列に何か影響を与えるとでも思ってんのかよ。
 様々な思惑が絡みあった結果の憤りは、けれどリエル本人はでなく階下に佇むこの男に向かっていくことになる。
「知ってっか? あいつ、男喰いまくってんだけど」
「……」
 けれどあたしの意に反して、アルシュの態度は泰然自若としたものだった。
 あれ、こんなはずじゃなかったのに。
 この情報は、「とっておき」のものだったはずなのに。
 お兄ちゃん先生すらも見過ごしていることのはずなのに。もっとも、あの人にその手の勘の鋭さを期待するのは間違っているんだけれど。
 悔しかった。
 完全に当てが外れてしまった。
「アルシュまじ受ける。ビビりすぎだし」
 あたしは負け惜しみとばかりに吐き捨て、アルシュの脇を通り抜けていった。
 すれ違い様、男の匂いが鼻孔を過った。ガキの頃とは比べものにならないほどの濃厚さだ。あたしは吐きそうになるのを必死に堪えた。
「ねえねえ、アルシュ先輩ってやっぱかっこいいよね! 一緒に住んでるんだよね……あっ」
「……」
 しまった、というふうに取り巻きの女たちが口を噤んだ。あたしが孤児施設に在籍してるってことを、グループの子たちは皆知ってるのだ。同時に壊れ物を扱うみたいに、そのことに触れないようにしてることも。
 別に構やしないのに。
「そーだよっ、朝も昼も夜もあいつと一緒!」
 どんよりとした空気を振り払うように殊更大きな声で捲し立てた。
「……、ねえねえ、アルシュ先輩てさ、いっつもあんな感じ?」
 冷静っていうか、涼しげっていうか。
 よっぽど「アルシュ先輩」に夢を見ているものらしい。
「そーそー、いっつもあんな感じだよ。すかしてんじゃねーよって感じだよね」
 セイレンと向かい合っているときは別だけど、と毒突く声はもちろん、心の中だけに仕舞う。
「ところでさ、さっきのさ、セイレンって子のことだけど……」
 セイレンってアルシュ先輩といつも登校してきている一学年下の子だよね、とその女があたしの顔を覗き込んでいった。こいつは「アルシュ先輩」を逐一監視しているのだ。
「ヤりまくりってマジなの?」
 その瞳は真剣かつ大きな好奇心に満ちていた。あたしは一瞬口を噤んだ後、「学校外の男限定みたいだけど」
 小さく呟いた。
「ひぇっ……、学校外のって……、却ってヤバくない? あんな地味な感じのくせして……」
「……セイレンは地味じゃないよ」
 え?
 目を丸くする女を尻目に、あたしは先を急いだ。「行こ」
 ちょうどセイレンのクラスに通りがかったので、取り巻きの子たちにばれないようさりげなく盗み見た。
 案の定そこにセイレンの姿はなかった。
 ここのところあいつは、ずっと授業をさぼっている。お兄ちゃん先生にばれていないのは、アルシュとあたしとで何やかや誤摩化しているからだ。それに、朝はアルシュがセイレンの腕を引っ張るようにして「ご登校」していらっしゃるから、出欠だけは抜かりなく取れているのだ。
 でも、その直後に行方をくらます。
 あたしたちは皆、歳が違うので教室もてんでばらばらで、一度教室に入ってしまえばセイレンを監視することが叶わなくなるのだ。
 街の男を喰いまくっている云々は、だからセイレン不在の教室から見立てた、あたしの完全な推測だ。授業をさぼっていることと、あいつが街でヤリまくっているという推論の間には、何の論理的繋がりも根拠もない。それこそ直感という奴だ。
 で、アルシュもその辺りに目星をつけていたものらしい。
 何ていうか、様々な要因が絡み合った結果、あたしたちはまったく同じ仮定に辿り着いていたようなのだった。
 それはあたしたちが曲がりなりにも小さい頃から一緒に暮らしていたせいなのか。
 セイレンには、昔からどこか「性的に」危ういものを連想させる空気があった。
『彼氏の家から直接学校に』
「……」
 ヤる、って、どんな感じなんだろう。
 セイレンの唇の感触がふいに甦る。
 その先に広がる行為が、多分、ヤる、ってこと。
 だけどその先のことをどうしても想像することができない。
 というよりも、思い浮かべるのも汚らわしい。
 あたしは無理やりに授業に集中していった。

2016-02-27 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 16 :
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『双卵少女』2章(2)


久しぶりにノアがセイレンを『犬奴隷ごっこ』に誘ったようです。年を重ねるにつれて、二人きりで遊ぶ回数が減っていった模様。その背景には「相手の望むままに行動する」というセイレン特有の性質も絡んでいるようです。アルシュのほうの「意志」にセイレンはここ数年引っ張られていたんですね。
そんな現状を敢えて打ち破って、セイレンを連れ出したノアの意図は一体何だったのでしょうか。
『セイレンは街の男共とヤりまくってるかもしれない?』
それでは、どうぞ。


『双卵少女』2章(2)


「おせーぞセイレン。おい、てめーまさか今日料理当番じゃねーよな」
「うん、今日は違うよ。今日はアルシュたちの当番……」「よっし、チャンス。セイレン、来い」
 夕方の『太陽の家』は忙しない。一応当番制になっているとはいえ、夕飯の準備は基本、皆で進めていくのが暗黙のルールだ。だけどあたしは今日に限ってその暗黙の了解を破った。どうしても今すぐに確認したいことがあったからだ。
 セイレンを『秘密のお城』に伴っていく。
 ちなみにこの『お城』は五カ所目くらいのものだ。
 それはアルシュに、歴代の『秘密のお城』が暴かれた回数と一致する。

※※※

「そこに跪きなさい」
「わんっ!」
 セイレンは、女にしては長身だ。四つん這いになってももう誤摩化しようがない。それもこれも、やっぱりこいつが半分男だからなんだろうと思う。
 子どもの頃はあまり意識することはなかったけれど、歳を重ねていくにつれて、セイレンの特異さが際立つようになってきた。
 セイレンは舌を突き出し、はっはっはっ、とあたしの命令を待ち受けるように、犬を忠実に再現している。
 セイレンは、他の子たちがいうほど地味じゃないし、周りから埋没もしていない、と思う。それなのに、学校ではなぜかこいつの魅力は半減ところが限りなく無に等しくなってしまうのだ。
 だけどこうして二人きりで対峙していると、それが錯覚であることがよくわかる。
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 白い肌、濡れるような黒髪、手入れはまったくされていないのに、それが却って一種の野性味に繋がっている。
 細い鼻梁に、大きいんだけれど、少しつり上がり気味の切れ長の瞳。眼窩に収まる黒い瞳は、けれど光の加減で、紅く光ることをあたしは知っている。
 骨ばった身体だけど、アルシュみたいに如何にも硬そうというような質感じゃなくて、魚の骨みたいなしなやかさもある。
 小さな男の子がそのまま縦に成長したみたいな感じだ。脂肪の薄い身体、って感じ。
 羨ましい。
 あたしは、自分の柔らかな身体が余り好きじゃなかったから、セイレンの薄い身体が実は内心羨ましくもあった。
 あたしは一頻りセイレンを眺めた後、口を開いた。
「……こうしてあんたと向き合うのは随分久し振りね」
「わおおんっ」
「子どもの頃は、もっと頻繁にお城に二人で籠っていたのに……」
 原因はわかっている。アルシュが逐一、セイレンの傍で目を光らせているからだ。
 それに、セイレン自身があたしの誘いを「断る」場面が増えていったから。
 これも原因はわかっている。例によってアルシュがセイレンに余計なことを吹き込んでいるに違いなかったからだ。
 例えば、こんなふうに。
「あんた最近本っ当……、付き合い悪いわよね。それはどうして? 理由を簡潔に述べなさい?」
「わうわう……」
 ほらね。
 アルシュの名前を出すのを躊躇しているのだ。
「もう、犬語で誤摩化してもだめよ。こんなときは人間にならなきゃ。怒らないし、誰にもいわないから、あたしにだけ本当のことをいってみせなさい?」
「誰、にもいわない?」
 セイレンが首を傾(かし)げた。こうすると本当に犬めいて見える。飼い主のアルシュの顔でもちらついたのだろうか。
「女に二言はないわよ」
 あたしはいってから、ちょっとだけすかしすぎたかな、と内心で少しだけ気恥ずかしさを覚えた。
「……何となく、何となくなんだけどね、……身体が、動かない、……っていうか……」
 奥歯にものが挟まったようないいかただ。あたしははっきりいってやった。
「アルシュが命令してんでしょ。『ノアに呼ばれても絶対に行くな』って」
「わう……」
 犬がしょんぼりと頭を伏せた。こいつは噓をつくのも下手なら、思っていることもすぐ態度に出るから困ったものだ。
 あたしは溜息をついた。
「はぁーあ、やっぱりね……。アルシュのいいかたって高圧的だものね。意志の弱いあんたのことだもの、アルシュに毎日毎日、あんなに付き纏われている上に小言をいわれてりゃ、そりゃ、あたしのことなんて忘れてしまうわよねぇ……」
 いいながら、自分自身、セイレンを誘う機会がめっきり減っていったんだ、という事実に思い至った。
 そうだ、アルシュのせいもあるけれど、半分は自分にも原因があったのだ。ガキの頃はそれこそ毎日のようにこいつと『犬奴隷ごっこ』をしていたような気がするのに。
 本当は、セイレンのことを忘れていたのは、あたしのほうだったんじゃないだろうか。それに、今更こいつを呼び出したのも、リエルのヤるヤらない発言に触発されて、「あること」をどうしても確認してみたい衝動に駆られたからだった。
「……ねえセイレン」
 あたしは唇を舐めた。
 「……ねえ、……あんたってさ、……授業さぼって、どこ行ってんの……」

2016-03-05 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 18 :
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『双卵少女』2章(3)



「……ねえ、……あんたってさ、……授業さぼって、どこ行ってんの……」
街で性的逸脱行為を繰り広げているかもしれないセイレンに対してとうとう切り出したノアですが、どうやら様子がピンクになっているようです。
これは一体どういうことなのでしょう。
セイレンはあくまで相手の望むままに脊髄反射的に行動するだけです。ちょっとだけ強引で、でも引く時は引くといった、典型的な「夢ある男の子像」をセイレンは体現してあげているようです。
ノアの質問も、何だかはぐらかされた感が。それも彼女の意思を反映した結果なのかもしれません。
ですが、ここは普通に百合展開を楽しんで頂ければと思います。それでは、どうぞ。

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『双卵少女』2章(3)


 あたしの声は自分でも思っていた以上に震えていた。
「ん? 街だよ」
「——」
 セイレンは意に反して、ずいぶんあっさりとした様子だった。
 予想外の反応に、あたしは戸惑う。
 却って話のつぎほを失ってしまったような気がして、あたしは臆してしまう。
「じゃ、じゃあ、訊く、けどさ、……街で、何してんの、……」
 買い物、とか?
 我ながら意気地がないなと思った。だけどどうしても単刀直入に尋ねるのは躊躇われた。あたしの推測にすぎなかったし、それに、その先に広がる男の影を直視するのが怖かったから。
「エッチする相手探してる」
「——」
 と。
 ちょっと待て。
 あたしのここ数日の煩悶が、何とも露骨なまでの「現実」に直結した瞬間だった。
 あたしは一度セイレンをうかがうように見上げた後、慎重に言葉を続けた。
「……そ、それってさ、……」
「うん?」
「お兄ちゃん先生が原因なんでしょ」
 セイレンは一瞬沈黙した。
 ように思った。
 けれどその直後、
「どうしてそう思うの?」
 微笑んだ。
 やはり予想とは違う軽やかさに、あたしはたじろぐ。
「……だ、だって、あんた、昔すごいお兄ちゃん先生に懐いてたじゃん。その後急に、よそよそしくなって、……その後からだよ、あんたが、授業さぼることが増えてったの……」
 そう、あたしたちの間には、一言では説明しづらい「過去」があるのだ。だけどそのことがあったからこそ、こいつとあたしの『犬奴隷ごっこ』は絆を増した感がある。
「ふふ、いつの話をしてるの」
 セイレンが眩しいものを見るように目を細めた。
「誤摩化さないで」
「誤摩化してなんかない。俺が学校抜けだしてる原因が『あのとき』のことだと思ってるんなら、それは、違うよ」
 セイレンはいつになく大人びた口調でいった。
 らしくないセイレンに、あたしはそんなはずはない、と目顔で問う。
 セイレンは共犯者みたいな眼差しを向けた後、ふいに口角を、にっ、と上げて悪戯っぽく笑った。
「気にしてるんならさ、俺とキスしてよ」
 間髪入れず口腔に舌を差し込まれる。
 ちょ、ちょっとちょっとちょっと、ちょっと待って!
 こんなキスは知らない。
 こんなのはあたしたちの間で交わされるキスじゃない……!
 いつの間にかセイレンがあたしの胸をまさぐっていた。
 首筋にセイレンの息がかかる。セイレンらしからぬ熱さだった。
「ノアっ……」
 掠れた声。
 完全に、男の声になっていた。
 こんなセイレンは見たことがない。
 聞いたことがない。
 なのに、嫌な感じがしないのはなぜなのだろう。
 だけど未知のものに対する恐怖心が、あたしの心を挫いてしまった。
「ううっ、やっ……だ」
「……ご、ごめんっ」
 セイレンが素早く身を離した。けれどセイレンの瞳は熱に浮かれていて、セイレンの中にある「何か」が未だ鎮火していないのは傍目にも明らかだった。
「……ヤ、ヤるって、こ、こんなことをいうの」
「……ん?」
 あたしは息を弾ませながら尋ねた。
「あんた、街の男たちと、毎日こんなことしてるの……」
「……男の人相手のときは、また違うんだよ」
 セイレンはやっぱり否定しなかった。積極的に詳らかにする気もなければ、隠し通すつもりも更々ないのだろう。
「どう違うの」
「……ノアが一番、知ってるくせに……」
「……っ」
 次に襲いくる「何か」の気配から逃れるように、あたしは両目をぎゅっと瞑った。
「これ以上はしない。ごめんね……」
 けれど「それ以上」はなかった。
 セイレンは自分の胸に押し付けるようにして、あたしを抱き竦めた。
「これ以上、って、何のことよっ……!」
 あたしはセイレンの胸を叩いた。
「煽らないでよ。俺だってすっごい、我慢してるんだよ……?」
 こいつの声が耳元で屈もる。
 ああ。
 まったくの、別人だ。
 お兄ちゃん先生やアルシュといるときとは、まったくの、別人。
 それはきっと、こっちがこいつの本当の姿だからなんだ。
「こっちが、あんたの、本当の姿なんだよね……、ね、……そうだよね?」
 セイレンは答えなかった。
 かわりに、あたしを掻き抱く腕に力を込めた。
 それだけで充分だった。
 こっちが、セイレンの本当の姿だ。
 セイレンは、あたしだけのもの、あたしだけのものなんだ……。
「二人とも、夕飯」
 だけど空気を切り裂くような異質な声が、この空間を一挙に打ち壊した。「料理が冷めるよ」
「……アル、シュ」
 夕陽の逆光に、こいつの佇む姿がやけに黒かった。
 アルシュは『秘密のお城』に、扉代わりに掛けてある布をさも汚いものでも見るように一瞥してから、いった。
「……セイレン。ノアには構うなって、僕が再三いっていただろう」
「……アルシュ」
 セイレンが「女」の顔になったのを、あたしは見過ごさなかった。
 アルシュがこいつにしては荒々しい所作でセイレンの腕を取る。
「おいで」
「アル、シュ、……」
 二人だけで向き合っているときはすごく男っぽく見えるのに、アルシュみたく心身共に「完全な」男の前に立つと、セイレンはどうあっても「女の子」だった。
 それは、あたしにしても。
「ノアぁっ……」
「……!」
 セイレンが突如助けを求めるようにあたしに腕を伸ばしてきた。あたしもセイレンの腕を取ろうと思わず身を起こしかけて、でも結局、やめた。
 セイレンが『秘密のお城』からずるずると連れ出される音だけが、空しく響く。
 あたしは力なく立ち上がり、重い足取りで夕餉の匂いのたちこめる『太陽の家』に戻っていった。


2016-03-12 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 13 :
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『双卵少女』2章(4)


※明日20日は「carat!」発刊日です。すぐ新しい記事がお目見えしますので、この記事への閲覧やコメントはお気になさらないでくださいね。ご負担になってしまうかと思いますので。立て続けの更新になってしまいすみません。


ノアの心情を巡ってこれまでお送りさせて頂いた2章ですが、今回でラストです。
さて、夕方の騒動から一転、その日の夜の出来事です。
施設暮らしである彼等にプライベートが約束されているはずもなく、大部屋での就寝はいろいろと気を揉むようです。
ノアも、皆が寝静まった頃を見計らって何やら物思いに耽っているよう。
掛布の下の腕は、どこに伸ばされているのか……。
夕方のセイレンの様子が忘れられないようです。
性的なことに対して、興味はあるけれど生々しいことを考えるのは怖いといったような、彼女の心情を見守って頂けますと幸いでございます。それでは、どうぞ。

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『双卵少女』2章(4)


 ヤる。
 ヤる、って、どんな感覚なんだろう。
 手順くらいは、そりゃ、知っている。
 毎日毎日、あんな大きな声でリエルたちに喚き立てられていたら、どんなに鈍感な子でも手順くらい把握できると思う。
 キスをして、互いの身体を触り合って、互いの服を脱がし合って……。
 だけどあたしの想像は、どうしてもそこで止まってしまう。
 互いの衣服を脱がし合うまでは、わかる。キスも。
 だけど……。
 ヤる、って、結局は、互いの男と女の証、つまり、性器ってやつを、擦り合わせることなんでしょ?
「……き、気持ち悪い」
 深夜の寝室にあたしの呟きは思いのほか響いた。あたしたち孤児に個室なんてものはもちろんあるわけがなく、寝室は当然、共同部屋だった。無論、男女で分ける、くらいの配慮はさすがにしてもらっていたけれど。
 寝室といえば、そういえばあの男女(おとこおんな)は男子のほうの寝室に割り当てられているのだ。理由は、その昔、セイレンが女子の寝室を使うことに女の子たちが難色を示したからだ。その一員にあたしもいたのだから皮肉なものだ。セイレンはあたしだけが占有している犬奴隷だったけれど、公の場でセイレンとあたしの関係が詳らかになるのは避けたかった。だから皆と歩調を合わせて、セイレンを男子の寝室に追いやったのだ。
 確かあのときも、アルシュが一言二言小言を垂れていたのだ。アルシュはああしていて発言力があったから、アルシュの言葉に皆内心へこんでいたっけ。
『セイレンの性へ対する差別だ』
 あいつは中途入園してきた孤児なのに、入園当時からやたら存在感があって、あっという間に『太陽の家』のリーダー的存在になっていった。
 あんないいにくいことを、あんな毅然とした態度で堂々といってのける性根は、敵ながら大したもんだと思った。セイレンはそのときも、困ったような顔をしてアルシュと皆とを交互に見比べていたっけ。
 それからだ。
 アルシュのあいつへ対する干渉があからさまになっていったのは。
 リーダー的存在のアルシュが傍にいるだけで、「牽制」になる。自然、セイレンが心ない発言に晒される回数は減っていった。それもこれも、アルシュが「表でも裏でも」セイレンが立ち回りしやすいよう根回しをしていたからだ。
 はっきりって、その手腕はお兄ちゃん先生より鮮やかだったと思う。だからお兄ちゃん先生もアルシュをすごい頼りにしているところがあって。
 まったく、あの明るい髪のへらへらしたお兄さんは、プライドってものがないから困る。
 よくいえば人に対して分け隔てがないっていうか。
 だけど尊敬はできない。先生のことは、あたしは嫌いじゃないし寧ろ好きだけど、でもやっぱり尊敬はできない。
 威厳がないからだ。
 好きと尊敬しているということの間には大きな隔たりがあると思う。
「……」
 性器、ってこれのことだよね。
 あたしは排泄器官も兼ねたそこを指先でそっと触ってみた。
 確かに、気持ちがいいといえばいいかも。くすぐったさの中にも病み付きになるような掻痒感が残る。
 けれどそれを男の子に見せるとなればまた話は別だ。
 いや、相手が男の子だからとか女の子だからとかはこの際関係ない。
 他人に自分の恥部を見せること自体がとっても怖いことだ、と思う。
 リエル、あいつは、いくら恋人だからといって、よく平気で自分の秘部を他人に晒すことができるもんだ。ここは、排泄器官も兼ねてるっていうのに。
 やっぱり、よくわからなかった。
 ヤる、って感覚は。
 セイレンは、知っているのだ。
 この、ヤる、って感覚を。
 あいつの話を聞いている限りじゃ、あいつは「女」としてヤることのほうが多いような感じだったし。
 じゃあ、夕方の『秘密のお城』でのあいつは何だったんだろう。あんなとろん、とした瞳をして、あたしを熱っぽい眼差しで見つめて。
『我慢してるんだよ……?』
 犬奴隷の言葉が甦ってきたその瞬間、身体の中心がずん、と重くなった。
 その感触がとても異質で、あたしは横になりながら、その感覚をどこか他人事みたいに遠くから眺めていた。
 そうしてセイレンの言葉や表情や、抱き竦めれられたときの感覚を思いだすたびに、その箇所の重みは増していくのだということに気づいた。
 罪の味のする不思議な甘さにあたしは暫しうっとりし、いつしかそのまま眠りについてしまった。

2016-03-19 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 14 :
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『双卵少女』3章(1)


新章突入です。突然の一触即発の危機。一体何が起こったのでしょうか。
今まで沈黙を守ってきたアルシュがとうとう行動に出たようです。
一番悪いのはセイレンなのですが、怒りの矛先はどうやらライバル同士である互いに向いているようです。
セイレンを巡る少女と少年の諍いの3章。
それでは、どうぞ。

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『双卵少女』3章(1)


 信じられないものを見た。
 信じられないものを見てしまったのだ。
 アルシュがセイレンに口づけていたのだ。

「てめーくそアルシュっ、何様のつもりだよっ」
 あたしはアルシュを壁際まで追いやった。
 だんっ!
 すかさず、通路を塞ぐように壁に脚を立て掛ける。
 こうでもしないと、精神的に優位に立つことができないのだ。ガキの頃は然程だったのに、今のこいつはやたら背だけは高くなって、とてもじゃないけどちびのあたしでは太刀打ちすることができなかったから。
「いっただろーがっ、セイレンはあたしたちのグループの一員なんだぞっ。何勝手に手ぇ出してんだよっ」
「相変わらずひどい言葉遣いだね。何をいっているのかさっぱり理解できない」
「あぁ? テメーのほーは空気読めない朴念仁だよなあ? なあ!?」
 再び、壁を足で強打した。足がじーんと痺れる。けれど知ったことじゃない。それよりも何よりも、今は早急に確認しなければならないことがあった。
「あたしさ、見たんだよ」
「何を」
「てめーがあの男女(おとこおんな)にキスしてるとこだよ」
「──、男女、っていいかたは聞くに耐えない」
「はっ、通じるんなら何でもいーんだよっ。それよりてめーなんでセイレンにキスした!? セイレン嫌がってたじゃねーかよっ」
「……セイレンは拒否しなかった」
「あ!? あんまりてめーが臭すぎて硬直してたんだよ」
 きゃははっ。
 哄笑し続けざまアルシュを見遣る。
 っと。
 ちょっと待て。
 意外と、効いている?
 アルシュにしては落ち着きなさげな様子だった。
 ガキの頃から一緒に暮らしているからなのか、学校の人間だったらまず見逃すであろう些細な変化もあたしは見逃さない。
 こいつ、ビビってんのかよ?
 まーじーうーけーる!
「わかったんなら二度とセイレンに手ぇ出……」「セイレンに交際を申し込んだ」
 は?
「セイレンは承諾してくれたよ」
 は?
 こいつ、薮から棒に何いってんの?
 アルシュが挙動不審になっていたのは、何もビビっていたからというわけではないようだった。
「ちょ、……ちょっと待てちょっと待て。あ? セイレンは半分男なんだぞ?」
 そんでもって、てめーが想像している以上に、男っぽい一面をもってるんだぞ?
 あたしが本当にいいたかったのはそんなことじゃなかったんだけれど、思いとは裏腹に的外れなことしかいえなかったのは、それはあたしの頭がそれだけ混乱していたからだ。
 俺だって我慢してるんだよ、といったときのあの熱っぽい表情。
 耐え難い、といったように、あたしの首筋に顔を埋めたときのあの熱。
 そんな光景が脳裏に浮かんでは消えていくようだった。
 そんなあたしの内心など露知らず、くそ真面目なこいつはあたしの問いかけにもくそ真面目にに応えるばかりだ。
「セイレンは女の子だよ。少なくとも、心は、ずっと……。ノアはセイレンのグループの『リーダー』なんでしょ、そんなこともわからないで、ずっとセイレンと友達をしていたの?」
「あ? てめえ、何くそ生意気なこといって……」
 売り言葉に買い言葉というように、もはや憎まれ口しか叩くことができない。
「セイレンはノアが思っているより、ずっと女の子なんだよ、ずっと……。僕はセイレンのことが好きだった。それはもう、昔から、……。だから告白した」
「……」
 何なんだこいつは。
 何を勝手に盛り上がってんだ。
「いやいやいや、そんなんマジな目でいわれても、引くって」
 精一杯虚勢を張って何とかいいくるめようにも、あたしの心はいまや崩落寸前だった。「ノアは論点を逸らそうとしている」
「……」
 図星だった。
「ノアの言葉で、推測が確信に変わったんだ」
「あたし、の言葉?」
 何のことだ?
 けれど次の瞬間、数日前の光景が脳裏に浮かんで、あたしの中で答えを切り結んだ。
「……セイレンが、いろんな奴とヤってるって、あたしがいった、あれかよ……」
 それは、他ならない、自分自身がアルシュにいい放った言葉だった。
 アルシュはしばしあたしの様子をうかがうようにじっと見上げた後、「……相変わらずヤるとかヤらないとか、聞くに耐えない、……だけどそうだよ。僕はその行動を止めたかった。……恋人になったら、堂々とセイレンの行動を制限することができると思ったから」
「……」
 なーにが、『恋人になったら、堂々とセイレンの行動を制限することができると思ったから』
 だよ。
 だけど確かにそうだった。確かに「彼氏」だったら、それこそセイレンが不特定多数の男と『交友』することを止める権利がある。
 っていうか、彼氏彼女って、そういうことだから。
 多分。
 多分、だけど。
 あたしが、セイレンを犬奴隷として酷使していたように、こいつは「彼氏」になることでセイレンを束縛しようとしているのだ。
 自分の都合のいいように。
 セイレンの性を、自分にとって都合のいい「女の子」へ傾けて。
「てめーは結局セイレンを女の子扱いしたいだけなんじゃねーかよっ。いつもセイレンの性がどーたらこーたら、ありのままがどーたらこーたら、大きな口叩いてたくせによっ」
「否定はしない」
 そのいいかたにカチンときた。
「否定どころか、要するにてめーはセイレンをやらしい目で見てたってことなんだろうがっ、自分の都合のいい女に」
「……僕のセイレンに対する想いはそんなんじゃない」
 あたしの惑い、揺れ動く心境と反比例するように、こいつの態度はあくまで淡々としたものだった。その揺るぎのない反応が増々あたしの焦燥感を募らせていくのだということも知らずに。
「だーっ、そーいう重いこといってんじぇねーって、てめー気持ちわりーんだよ、何っでもかんっでもくそ真面目に捉えてさあっ……、てめーがセイレンに、おっもーい、すうこーな気持ちを抱いてたってのはわかるよっ、あんっ……だけ献身的に尽くしている姿を毎日毎日まいっにち見せつけられていたらさあっ、……」
 だから、だから、だめなのだった。
 だから、あたしは、必死になってアルシュを牽制しようともがいていたのだった。
 って、もがくったって、こいつらはもう、つきあってるのに。
 もう、つきあってるのに。
 その呪いの言葉を頭の中で反芻した途端、あたしの中の何かがぶち切れた。
 先につきあっていたのは。
 先につきあっていたのは。
 あたしたちのほうだったのにっ!
「……てめーはセイレンが何でヤりまくってんのか、その本当の原因をわかってんのかよ」
 自分でも驚くほど、それは地の底から沸き上がるような低い声だった。
「……、聞きたくない」
 アルシュが臆したように目を背けた。
「あたしの口からはっきりいってやろうか」
 少なからずこのいけすかない男を追いやっているという手応えは、あたしの心に仄暗い嗜虐心を灯した。「お兄ちゃん先生に対するあてつけだ」

2016-03-26 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 16 :
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『双卵少女』3章(2)


セイレンを巡る少女と少年の諍い、続きです。
弁の立つアルシュに追い込まれていたノアだったのですが、形勢逆転、どうやらノア特有の「勘の鋭さ」が功を奏したようです。
「お兄ちゃん先生に対するあてつけだ」
 相手の望むままに行動するセイレンの、唯一の瑕疵(かし)ともいえるこの行動は、一体何を意味するのでしょう。自我がない彼女にも、うっすらとした「心のようなもの」が形作られているということなのかもしれません。
アルシュも思うところがあったようです。
二人の諍いはどのような結末を迎えるのでしょうか。それでは、どうぞ。

『双卵少女』3章(2)


「……」
「……」
 あたしが絞りだしたその一つの答えは、二人の間に沈黙を敷いた。
 それは、今一生々しい感情が見えにくいセイレンの、心の奥底に沈む「闇」に抵触する言葉だった。
「でも、そのあてつけに、お兄ちゃん先生はまったく気づいてない」
「……あの人は、あれで本当は気づいているんじゃないの」
「え?」
 あたしは思わず目を見張った。
「……お兄さんは、……先生は、生身のセイレンを直視するのが怖いんだ」
「……」
 生身のセイレン。
 ヤりまくるセイレン。
 あのいつもへらへら笑っている歳若い先生が、アルシュがいうように意図的に「生身のセイレン」を見ることを避けているのだとしたら、……。
 その発想はあたしには及びもつかないものだった。
 こいつは、男同士だからこそ、曲がりなりにもその仮説に辿り着くことができたのだろうか。
 それが事実かどうかは別として。
 ……。
「でも僕は生身のセイレンを受け入れる。違う、生身のセイレンを見てみたい。つきあうって、そういうことでしょ」
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 どこか挑むようなアルシュの眼差しに、あたしは「引く」を通り越して完全に言葉を失ってしまった。
 こいつがここまで覚悟のようなものを持って交際を申し込んでいたとは思わなかった。
 リエルの話から連想される「彼氏像」とはまったく違う。
 重い。
 重すぎる。
 けど、それっくらい重い気持ちを相手に抱かせてしまう闇みたいなのが、セイレンにはある。
 それをうまく言葉で表現することができないのだ。
 アルシュがいう、お兄ちゃん先生が生身のセイレンを見るのが怖い云々も、もし「事実」だったのだとしたら、そのあたりに原因が潜んでいるのだろうか。お兄ちゃん先生の心の機微なんて、ある意味セイレン以上によくわからないけど。
 つきあうってこと。
 甦る、数日前のあのくそ女の言葉。
『で、彼氏の家から直接学校に来ちゃった』
 つい今しがたのこいつの言葉。
『でも僕は生身のセイレンを受け入れる。違う、生身のセイレンを見てみたい。つきあうって、そういうことでしょ』
 なぜそんなことが急に閃いたのか。
 まさしく、「直感」というやつだった。
「……てめー、セイレンと、……ヤ、ヤったの、か、よ……」
「……」
 アルシュが露骨に目を逸らした。
 その反応はあたしの怒りに火をつけた。
「て、て、……てめーは、てめーはキスだけじゃなくてセイレンに手ぇまで出したのかよっ! セイレンは、あ、あたしの」
 あたしの、あたしだけのものだったんだぞ!
 こいつは、早速あたしのセイレンに手を出したのだ。
 セイレンは、こいつの前で、あたしが大嫌いな「男」の前で「女の子」の顔を見せたのだ。
 あたしが大嫌いな男の前で。
 セイレンは、セイレンは、……、その不安定さそのものがセイレンたる所以だったのに。
 その不安定を脅かす要因だ、こいつは。
 許せない。
 許せない。
 セイレンの不安定を不安定のまま受け入れられる人間はやっぱりあたししかいない。
 こいつにセイレンを任せていたら、セイレンがどんどん「女の子」になっていってしまう。
 セイレンは男の子だ。でも、同時に女の子でもあるから、決してあたしを脅かすことはない。
 男も、もしかすると女も嫌いなあたしに残されていた、唯一の世界との架け橋だったかもしれないのに。
「てめーは、てめーは……」
 あたしは息を溜めて、一気にいい放った。「結局は街でセイレンとヤりまくってる男どもと一緒だ!」
「──!」
 アルシュの顔にあからさまに走った戦慄に、あたしは勝利を確信した。
 起死回生、というやつだ。
 それで今は充分だった。
 セイレン、待ってて。
 待っててね。
 今、あたしが行ってあげる。
 あんたが犬奴隷だってことをあたしが今すぐ思いださせてあげる。
 女の子にならないで。
 あんたが完全な女の子になったら、あたしは誰にも甘えられなくなる……。

2016-04-02 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 14 :
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『双卵少女』3章(3)


アルシュとの激しい衝突の後、衝動のまま『秘密のお城』に駆け込んだノア。
そこにはセイレンの姿がありました。
ノアの強い「衝動」にセイレン特有の「相手の望むままに振る舞う」という性質が反応したが故のことなのですが、ノアにそれを知る由もありません。
しかし同時に、セイレンが珍しく「自己主張」をしています。
これもセイレンのなけなしの「心」なのかもしれません。
やがて、諍いは思わぬ方向に収束していくことになります。
それでは、どうぞ。

『双卵少女』3章(3)


「あっ……」
「ノア」
『秘密のお城』の入り口をめくると、そこには追い求めていた犬奴隷の姿があった。主不在にも拘らず、律儀に「犬の姿勢」を取っているのが奇妙に滑稽だった。
「ノアが来てくれるんじゃないかって、ずっと思ってた」
「……っ」
 まさにあたしの心境と呼応するような「そのまま」の言葉に、あたしは思わず犬奴隷の胸に飛びかかっていった。間髪入れず、胸を殴打する。
 セイレンの薄い胸に、あたしの拳の雨は、如何にも痛々しげだった。
 けれど犬はそんなあたしの暴挙すらも許容し、受け止めてくれる。アルシュとのやりとりでぼろぼろに傷ついたあたしの心を。
「あ、あんた、あんた、……アルシュとつきあってるって、ほんと、本当なの……」
 あたしは出し抜けに尋ねた。
「うん。この前、告白された。つきあうって意味、俺にはよくわからないけど」
「……」
 けれどセイレンはあたしの血を吐きだすような問いかけにも、あっさりと事実を「肯定」するだけだった。
「……アルシュはあんたが、誰とでもヤりまくるのを止めたかったのよ」
「うん、それはいってた。だから守ってる。アルシュ以外の人とはセックスしないって」
「──」
 あまりにむき身の、そのまんまの言葉に、あたしは絶句する。
 セイレンに抱き竦められている自分、というものをなぜか強烈に意識させられてしまった。
「離さないよ」
「……セイレ、ン」
 もがくあたしに有無をいわさぬ口調でセイレンがいう。
「いったでしょ。俺、すごい我慢してるんだよ……? これくらい、許してよ」
 セイレンの吐息が耳元にかかった。その奇妙な掻痒感にあたしは思いきり首を左右に振った。
「な、何、何よっ、我慢してるって何よっ! ア、アルシュと、アルシュとヤりまくってるくせにっ……!」
「我慢」する余地なんてないほど、アルシュとヤりまくってるくせに!
「アルシュとは一回しかしてないよ」
 そんなことは聞きたくない!
「回数とかそんなことはどうでもいいのっ。アルシュあいつ、許さない、……女の子に手ぇ出して、しかもつきあってちょっとしか経ってないっていうのに……」「誘ったのは俺のほうからだよ」
「……な……に?」
 耳を疑う。
 自分から、アルシュに?
 ヤって……って?
「だってアルシュが、僕以外の人と身体を繋がないで、っていうから」
 茫然自失とするあたしを尻目にこいつはいけしゃあしゃあといってのける。
「だから、アルシュにセックスしてもらった。他の人とできないぶん、埋め合わせ、的なことも、しなきゃ、だったし、……」
『セックスしてもらった』といういいかたも理解できなければ、『他の人とできないぶん』という文脈も、『埋め合わせ』という言葉も、あたしには理解できなかった。
 その言葉から垣間見えた、セイレンの「飢え」の正体も。
 何も、何もかも。
「……、そ、それで、あんたは、埋め合わせだか何だか知らないけど、それに便乗して、アルシュを誘ったわけ、……じ、自分から、軽々しく、……」
 セイレンがさも困ったというふうに首を傾げた。
「……軽々しく、っていうか、……そうでもしないと、セックスにありつけないんだよ、俺の場合、……」
 問いたげな気配を感じ取ったのだろう、セイレンが言葉を続けた。
「普通の女の子たちは、可愛いし、綺麗だから、軽々しく、とか、自分の身体を大事に、とか、胸を張っていう権利があるんだと思うだけど……」
 俺の場合は、さ……。
 セイレンが言葉を濁した。
 暗に自分を卑下しているのだろう。
 だけど、卑屈な内容の割に今いち真剣味が感じられない。まるで他人事みたいに、自分のことを語っているのだ。
 あたしとこいつとで、「ヤる」ということに対しての感覚が大きく掛け離れているのは間違いないようだった。
「あんただって女の子じゃない! 女の子は皆、女の子よ! それでいいじゃない。自分の身体は、いつだって自分だけのものっ! だから、大事にしなきゃいけないんじゃない……!」
「うーん……」
 セイレンが釈然としない、といった様子で首を傾げる。
「何ていえばいいかわかんないんだけど……」
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 セイレンが言葉を選ぶように、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「あのね、俺もうまくいえないんだけど、俺からしたら、別に自分の身体をないがしろにしてるわけでも、軽々しい行動を取っているわけでもないんだよ。喉が乾いたら、水が欲しいなって、思うでしょ。そんな時、じゃあこの水以外は飲まないでっていわれたら、息苦しくなるでしょ。でも、じゃあその分、この水だけはいつでもあげるから、そのかわり他の水は飲まないでって、そういう……」
 あれ。自分でも何をいってるのかわかんなくなっちゃったよ。
 セイレンが助けを求めるように視線を投げ掛ける。
 脈絡のない台詞の真意を問いたいのはこちらのほうだ。
 けど、あたしは何となくセイレンがいわんとしていることが理解できるような気がした。
 何となく。
 何となくだけど。
 でも、そのことで「自分の身体は大事にしなきゃいけない」というあたしの主張が覆されるわけではない。
 ……セイレンをそこまで惹き付ける、いや、執着させる、か……、「ヤる」って行為は、そんなにセイレンの貞操観念、いや「倫理の根幹」を麻痺させるものなのだろうか。
 あたしには、どうしてもその一点だけがわからなかった。
「……ねえ、ヤる、って、あんたにとって、何……」
 あたしは、上目遣いで尋ねた。「答えなさい?」
 セイレンの瞳を捉える。セイレンはしばし、あたしを見つめ返してから、それからふいに笑った。
「知りたいんだ、ノアは」
 はぐらかされた。
 と思った。
 どこか、悪戯っぽい、あたしをからかうような口調だったけれど、その口調とは裏腹に、セイレンの瞳の中心には悲しげな光が浮かんでいた。
『セックス』だの、『埋め合わせ』だの、そういった擦(す)れた言葉を吐く人間には似つかわしくない、深くて底の見えない悲しみがそこには埋まっているような気がしたから。
「……知りたいわよ。そりゃ、あんたをそこまで『執着』させるのは何なのか、くらい……」
「……」
 あたしの伝えんとしていることをセイレンは察したのだろう、今度はふざけなかった。沈黙で返すばかりだ。あたしはその沈黙に便乗するように一気にいい放った。
「だからあんたっ、アルシュともヤるんなら、あ、あたしともヤりなさい!」
 瞬間、『秘密のお城』からすべての音が掻き消えた。
「本当にいいの」
 セイレンの瞳が月みたいに引き絞られた。
 紅い瞳があたしを射抜く。
 その男っぽさに、あたしの中心がぞく、と疼いた。
 ああ、まただ。
 セイレンが思いもがけず突如立ち上らせる、この独特の空気に、あたしの身体はいつも不可思議な反応を示す。
 甘酸っぱい痺れが、身体の芯から全身に伝わっていく。
「もう、我慢しないから」
 セイレンが皮を剥ぐようにあたしの衣服を取り払っていった。
 犬奴隷の前に、あたしの生まれたままの姿が晒される……。

2016-04-09 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 20 :
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『双卵少女』4章(1)


【追記】
皆様のお住まいの地域は大丈夫でしたか? 管理人の親戚の多くは九州に在住しているのですが聞く所によるといまだ余震が続いているようで大変なようです。
皆様の安全と被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
不謹慎かとも思ったのですが管理人があたふたしてても仕方ないので、いつも通り更新して微力ながら募金などで力になりたいと思います。
R18展開ということもあり、以下追記にしまってます。
それでは、どうぞ。


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2016-04-16 : 小説・「双卵少女」(番外編) : コメント : 14 :
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『侵蝕恋愛Ⅰ紅き瞳の双花』
この世に居場所のない二人は、互いに何を求め、何を互いに見出したのか。
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『侵蝕恋愛Ⅱ蜜月』
ケイは路地裏で出逢った両性具有の少女の「片割れの性」に溺れ込むーー。
『侵蝕恋愛Ⅲ孤児院日誌』
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『侵蝕恋愛Ⅳ恋人たちの契約』
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